アルピナ創業家の新会社『ボーフェンジーペン』 ブランド売却の経緯と今後の展開 なぜ「Mモデル」ベースなのか?

公開 : 2026.08.27 07:05

アルピナを創業したボーフェンジーペン家は、昨年同ブランドをBMWグループに売却し、代わりに新事業を立ち上げました。BMWのMモデルをベースに、独自の高性能車を少量生産していく方針です。経営者への独占インタビューを掲載します。

クルマに対する熱意

アンドレアス・ボーフェンジーペン氏は、インタビューの時間に6分遅れて、ザルツブルクリンクの閑散とした食堂に颯爽と現れた。筆者は、父ブルカルト氏が創業した会社を売却することによる精神的な負担について、核心を突くような質問をぶつけるつもりだったが、彼が場の空気を一変させてしまった。

彼は、先ほど降りたばかりの『ボーフェンジーペン・ザガート』がバックストレートで265km/hを記録したと、やや得意げに教えてくれた。これで、かつてアルピナイベントで走り込んでいたスリックタイヤを履いた『B6 GT3』と同等の速さになった、とまるで独り言のように続け、椅子を引きながら微笑んだ。

ボーフェンジーペン05 GT
ボーフェンジーペン05 GT

製品に対するこの熱意は、63歳のアンドレアス氏と弟のフロリアン氏が、手に入れたお金を持って地中海でヨット暮らしをするような人物ではないということを裏付けるものだ。詳細は公表されないが、昨年のBMWへのアルピナ売却で、2人は莫大な富を得たと推測される。少なくとも、新事業の立ち上げには十分な金額だったはずだ。

その新事業こそが『ボーフェンジーペン・オートモービル』であり、そこには不思議なほど親しみやすい雰囲気が漂っている。

父の会社を手放した理由

拠点は、つい最近までアルピナの本社だった由緒あるブッフローエの敷地にそのまま残る。そこには作業場、馬具工房、100万本近いワインを保管する倉庫、そしてテストベンチからの排ガスで温められたプール付きシャレーがある。ブルカルト氏は常に効率を重視する人物だったため、超高速のディーゼルセダンにこだわりを持っていたのだ。

同社は、アルピナがそうであったように、今後もBMWにエンジニアリングサービスを提供し続ける。そして、『ザガート』(ベースはM4)を皮切りに、BMW車をベースにした高級車の生産も続ける。ブランドが新しくなり、エンジニアリングは変わり、収益源も変わり、従業員数は減少するだろう。しかし、ボーフェンジーペン家は計画通り進めるつもりだ。

アンドレアス・ボーフェンジーペン氏
アンドレアス・ボーフェンジーペン氏

では、なぜ愛着のあるアルピナを売却することになったのか。「BMWのような企業からオファーを受けるのは、一生に一度きりのこと」だとボーフェンジーペン氏は語る。

そのオファーを後押ししたのは、伝統的なアルピナの哲学とフル電動パワートレインが完全に相容れないという彼の信念だった。つまり、2020年に当時のBMWのCEOであるオリバー・ツィプセ氏が初めてボーフェンジーペン家に接触した際、ランボルギーニからベントレーに至るまで各社がEV化を目指していた中で、アルピナの将来は不透明だったのだ。まさに、「丸い穴に四角い釘を打ち込む」ようなものだった。

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・レーン

    Richard Lane

    役職:ロードテスト副編集長
    2017年よりAUTOCARでロードテストを担当。試乗するクルマは、少数生産のスポーツカーから大手メーカーの最新グローバル戦略車まで多岐にわたる。車両にテレメトリー機器を取り付け、各種性能値の測定も行う。フェラーリ296 GTBを運転してAUTOCARロードテストのラップタイムで最速記録を樹立したことが自慢。仕事以外では、8バルブのランチア・デルタ・インテグラーレ、初代フォード・フォーカスRS、初代ホンダ・インサイトなど、さまざまなクルマを所有してきた。これまで運転した中で最高のクルマは、ポルシェ911 R。扱いやすさと威圧感のなさに感服。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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