【石油王が求めた贅沢】メルセデス・ベンツ600 グラスルーフに広がる欲望 前編

公開 : 2020.02.08 07:20  更新 : 2020.12.08 10:55

石油王として大富豪であり、プレイボーイだったオスマン帝国時代に生まれたヌバル・サルキス・グルベンキアン。彼を遮るものは一切なかったといって良いでしょう。それは愛車としたメルセデス・ベンツW100を見てもわかります。

もくじ

ジョン・レノンやココ・シャネルもオーナー
ロールス・ロイスに匹敵する唯一のライバル
特注で巨大グラスルーフにコンバージョン
贅沢を極めたリアシートに広がる景色

ジョン・レノンやココ・シャネルもオーナー

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
photo:Olgun Kordal(オルガン・コーダル)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
かつてのメルセデス・ベンツ600を、威圧的に際立たせた映画が存在した。動物を捕らえる罠のように勢いよく動く油圧式のトランクリッド。ヨーロッパの大都市で夜の帳が下りるころ、濡れた石畳を滑るように走るタイヤ。

グロッサー・メルセデスは、望まれずして独裁者や第三帝国の帝王が愛したクルマだった。アフリカ・ウガンダを統治したイディ・アミンから、戦争を引き起こしたイラクの大統領、サッダーム・フセインまで、独裁政権やファシストを手厚く運んだ。

メルセデス・ベンツ600リムジーネ
メルセデス・ベンツ600リムジーネ

一方で、1960年代から1970年代のセレブたちにも派手なメルセデス・ベンツは愛用された。軍事力とは無縁の平和的な著名人オーナーには、ビートルズのジョン・レノンに、ファッション界のココ・シャネル、プレイボーイ誌のヒュー・ヘフナーなどが含まれている。

リアシートに座った人は幅広かったが、18年に及んだ生産期間を通して、メルセデス・ベンツ600は、究極のステータスシンボルだったといえる。

今回紹介するクルマの初代オーナーは、石油王の大富豪一家に生まれた、ヌバル・サルキス・グルベンキアン。スルタン・アブデュル・ハミト2世が強いたアルメニア人に対する迫害を免れるために、子供の頃にオスマン帝国から脱出している。

英国に逃れたグルベンキアンは、ハローとケンブリッジの学校で学んだ。プレイボーイだった一方で、英国紳士としての礼儀正しいマナーも完璧に身につけた。後の人生で役立つと考えたのだろう。

ロールス・ロイスに匹敵する唯一のライバル

オイルマネーで潤った大富豪ながら、派手な服装は好まなかった。そのかわり興味関心は、速く、豪華で、珍しいクルマへと向かった。メルセデス・ベンツW100を手にしなかったわけがない。

彼はポルトガルのエストリルからシントラまで、アラン・クラークとレースを興じたこともあった。ジャガーSS100のステアリングをクラークが握り、グルベンキアンはビュイック・スーパーのリアシートからドライバーへ指示を出したらしい。

メルセデス・ベンツ600リムジーネ
メルセデス・ベンツ600リムジーネ

メルセデス・ベンツ600が発表されたのは1963年。それまでは300d「アデナウアー」が、著名人の豪華特級として愛されてきた。世界中の政治家や映画スターが、そのリアシートに腰掛けた。

当時は、快適性と走行性能の面でロールス・ロイスやベントレーに匹敵する、唯一のライバルだったといって良い。1963年、世界で最も高価なクルマでもあった600は、目的地への移動手段以上に、地位を表現する手段でもあった。

グルベンキアンは数多くの高級車を所有。ロールス・ロイス自らが希少だと認めるほど、特に珍しいモデルも手に入れた。その中でも代表的なクルマが、コーチビルダーのフーパーがボディを手掛けた、シルバー・レイス。

巨大なグラスルーフを備え、美食家だった彼はコート・ダジュールを旅行。ニースのナイトクラブへと向かった。

1966年になるとグルベンキアンはメルセデスへ連絡を取る。新しいメルセデス・ベンツ600に、シルバー・レイスのようなキャビンいっぱいのグラスルーフを取り付けてほしいと求めた。

 
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