ボートとクルマが合体? 民生用で最も成功した水陸両用車『アンフィカー770』(前編) 誕生から生産終了まで短く終わった歴史
公開 : 2026.02.28 12:05
『東京オートサロン2026』の会場で、誰もが足を止める水色のインポートカーがありました。『アンフィカー770』と呼ばれる水陸両用車です。わずか3878台と言われるうちの1台を、高桑秀典が紹介します。その前編です。
1961年から西ドイツで生産がスタート
1月に開催された『東京オートサロン2026』の会場で、誰もが足を止める水色のインポートカーがあった。ボートとクルマが合体したかのようなスタイルの『アンフィカー770』がそれで、1961年から当時の西ドイツで生産がスタートした水陸両用車だ。
水陸両用車を意味する『アンフィビアン・カー』(Amphibian Car)が車名の由来で、今回、自動車の共同所有サービスを展開している『ランデヴー』(RENDEZ-VOUS)の多摩川に近い『TAMAGAWA BASE』で撮影させてもらった。

その名のとおり、水陸両用車は陸地と水上の両方を走行できるクルマのことで、第一次世界大戦中に戦車を浮航させる試みを経て実用化され、第二次世界大戦では兵員や物資を運搬するための車両として活躍。
ドイツのポルシェが設計した『フォルクスワーゲン・タイプ166シュビムワーゲン』、アメリカのフォードが開発した『GPA』(ゼネラル・パーパス・アンフィビアン)、GMCが生産を手がけた大型の『ダック』(DUKW)などが有名だ。
レジャー用小型水陸両用車の開発、実用化を模索
それらの水陸両用車は第二次世界大戦の終結によって戦場で活躍する機会を失ったが、ノルマンディー上陸作戦で沖合の艦船と海岸の間の輸送を担い、陸上でも輸送車両として利用されたDUKWは民間に積極的に払い下げられ、その一部は世界のリゾート地で観光用に転用されることになった。
DUKWよりも車体がコンパクトだったシュビムワーゲンとGPAは民生用にはならず、その後、レジャー用小型水陸両用車の開発、実用化が模索された。

しかし陸上ではタイヤで走行し、水上ではスクリューを使って運航するという複雑なメカニズム、操作の難しさ、メンテナンスの大変さ、開発コストなどの問題もあり、大量生産まで進んだケースは皆無に近かった。
レジャー用小型水陸両用車がなかなか実用化されないという暗澹たる歴史を経て1961年に登場し、1968年まで生産されたのが、個人向けのアンフィカー770なのである。
水上を最高7ノット、陸上で最高速度70mph
アンフィカー770は2ドアボディの5座オープンカーで、水上を最高7ノットで巡航でき、陸上では最高速度70mph(約112〜113km/h)で走行することが可能だ。これが車名の最後にある『770』の由来となった。
リアエンジン・リアドライブ方式を採用したアンフィカー770のコンセプトを考えたのは、ドイツ人エンジニアのハンス・トリッペルで、第二次世界大戦前から軍用水陸両用車を開発。『トリッペル SG6』をドイツ国防軍に納入し、終戦後に戦犯として数年間を刑務所で過ごしたといわれている。

刑期を終えてからは手頃なサイズのレジャー用水陸両用車の開発を手がけ、アンフィカー770の前身となる『アリゲーター』を完成させ、市販化を目指した。
アリゲーターに関心を示したアメリカの投資家集団から2万台もの注文が入ったことで驚いたハンス・トリッペルは、旧知の仲であるハラルド・クヴァントに救いを求め、BMWの大株主として知られるクヴァント・グループ傘下の『IWK』でアリゲーター改めアンフィカー770の生産を開始した。






































