【世界初の量産V6を搭載】ランチア・アウレリアとフラミニア 評価のわかれたクーペ 後編

2020.10.24

サマリー

1950年代の高評価なランチア・アウレリアB20 GTの影響で、ハードルが高くなった1960年代のランチア。後継のフラミニアへの風当たりは、強いものでした。しかし褒めるべきところも沢山。詳しくご紹介しましょう。

もくじ

アウレリアではシリーズ4がベスト
広々とした車内で視界に優れるフラミリア
滑らかなトルクと反応の良いパワー感
バランスに優れる流暢な身のこなし
不思議に強く惹かれるフラミリア
ランチア製クーペ 2台のスペック

アウレリアではシリーズ4がベスト

text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
photo:Olgun Kordal(オルガン・コーダル)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

  
ランチア・アウレリアB20なら、土曜日はラリーやスプリントレース、ヒルクライムに興じ、日曜日は母親を教会のミサへ送り届けられる。月曜日からは通勤の足にも使え、9.6km/Lの燃費で往復できた。

ランチアはアウレリアの強みを理解し、7年間のモデルライフで、6世代に渡る改良を加えた。その多くには、モータースポーツでの経験が活かされた。

ランチア・アウレリアB20 GT S6(1957年〜1958年)
ランチア・アウレリアB20 GT S6(1957年〜1958年)

アウレリアの成功の背景で、デザイナーはあまり表に出てこない。ブランドの歴史に詳しい人物によれば、ギア社のフェリーチェ・マリオ・ボアーノが手掛けたという。98台が作られた後、ピニンファリーナ社が製造を引き継いだ。

ピニンファリーナ社による手打ちのボディは、ランチアの下請けとして製造。そのためB20には、ピニンファリーナのエンブレムが付いていない。

改良を受けたシリーズ2では、5psの追加の馬力と、大型化されたブレーキを獲得。クロームメッキのバンパーと、リアに目立つフィンを備えている。

2.5Lエンジンは、1953年のシリーズ3から。テール周りが丸みを帯びたデザインに改められ、バンパーの形状も新しくなった。B20の中では最速のシリーズだと、自己主張するように。

実際ファンの間では、シリーズ4がベストだと考えられている。大きなエンジンに、ドディオン・アスクル式のリア・サスペンションが組み合わされ、最も安定したハンドリングにまとまっている。

1956年のシリーズ5では、ややパワーダウン。そのかわり、トランスアクスルとブレーキが強化された。

広々とした車内で視界に優れるフラミリア

1957年から1958年を受け持ったのが、最終型のシリーズ6。クーペにはベンチレーション機能付きのクオーター・ウインドウが付いているから、すぐに分かる。

シリーズ5と6では、ディティールが改められ、見た目のチャーミングさが弱まっている。シリーズ4より若干重く、活発さでも及ばない。もっとも、アウレリアの輝きを霞ませるほどではない。

ランチア・フラミリア・クーペ 2.8(1963年〜1967年)
ランチア・フラミリア・クーペ 2.8(1963年〜1967年)

今回登場願ったアウレリアは、チップ・コナーがオーナーのシリーズ6。ランチアの専門ショップ、ソーンリー・ケルハムの手で、完璧な状態に保たれている。シルバー・ボディの左ハンドル車だ。

現代に合わせて、小さな改良も加えられている。ツイン・ウェーバーのキャブレターやフロアから伸びるシフトノブなど、すべてが「正しい」ランチアに感じさせる本物感が漂う。

並ぶフラミリアも同じ。繊細なアイボリーに塗られたボディが美しい。1962年のクーペを、今はスティーブ・アーノルドが面倒を見ている。2.8Lとしては最初期の1台。ボディサイズは以上に、車内は広々としている。

フラットでワイドなシートに座ると、全方向に視界が良い。リアシートにも、大人が座れるだけの空間がある。設計は1950年代末だが、アウレリアの狭い車内と比較すると、1970年代を見越したデザインにも感じられる。

アウレリアB20の狭い車内には、茶室のにじり口のように、頭をかがめて乗り込む必要がある。横幅も狭く、左肘側には余裕がない。ウインドウを開いて運転したいと思わせる。

 

人気記事