【大きいことは良いことだ】ジャガーMk VIIとMk Xを振り返る 英国のビックサルーン 前編

公開 : 2021.06.05 07:05

戦後のフラグシップ・サルーンとして登場したMk VIIと、真新しいデザインで見違えたMk X。ビッグ・ジャガーの2台を、英国編集部が振り返ります。

もくじ

直接的な後継モデルという感覚は得にくい
充分に評価が上昇しなかったMk X
Mk IXへと展開したMk VIIのボディ
英国車として最も広いリアシート

直接的な後継モデルという感覚は得にくい

text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
photo:Luc Lacey(リュク・レーシー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
時間とは、最も代えがたいものかもしれない。時間が過去のクルマの価値を歪め、高めることもあれば低めることもある。

今回ご紹介する英国のビックサルーン、ジャガーMk Xは、誕生から60年が過ぎようとしている。英国の路上に姿を表したのは1961年9月。ジャガーの血統を守った戦後のMk VIIの登場から、10年ほどが過ぎた時だった。

ダークグリーンのジャガーMk VII Mと、ツートンカラーのジャガーMk X 4.2
ダークグリーンのジャガーMk VII Mと、ツートンカラーのジャガーMk X 4.2

2021年に改めてこの2台を見比べると、お互いの近さを感じることは難しい。ボディラインを眺めるだけでは、直接的な後継モデルだという感覚は得られないだろう。

ジャガーMk VIIは、戦後の緊縮財政から抜けられずにいた、1950年代の英国の様子を映し出している。一方、Mk Xはわれわれが生きる現代的な社会に、一歩近づいた印象を与える。

高速道路時代に向けられた、パワーアシスト満載のXJが誕生するのは1970年代に入ってから。それとも少し離れた時代に生まれた、ジャガーのフラグシップ4ドアサルーンだ。

1968年のセクシーなXJ6は、4ドアサルーンの姿をしたスポーツカー。対して、Mk VIIとMk Xは、ラグジュアリーさが先に立つフルサイズ・サルーン。動的性能の多少の犠牲もいとわずにある。

搭載するエンジンは、XK型と呼ばれたツインカム。ジャガーの評判やカリスマ性を構成する、核となっていた名ユニットだ。量産体制も整い、ライバルより当時で数100ポンドも安い価格設定を可能としていた。

充分に評価が上昇しなかったMk X

Mk VIIの当時の価格は998ポンド。英国で高級品に適用される高額な税率を、ギリギリかわす金額だった。Mk Xでも、ベントレーS2が付けていた2300ポンドの半額以下。最上級モデルでありながら、金額は良心的だったといえる。

比較的長い生産期間で開発費用を抑え、価格を抑えつつ利益率を保つという、ジャガー創業者、ウイリアム・ライオンズの考えを忠実に守っていた。ところが当時の人々は、ビッグ・ジャガーの存在を疑問視していた。

ジャガーMk X 4.2(1964〜1966年/英国仕様)
ジャガーMk X 4.2(1964〜1966年/英国仕様)

Mk Xはビックサルーンとして、期待値以下ながら成功を残している。1961年から9年間の生産台数は、延べ約2万5000台。ただし、1950年に登場したMk VIIと、進化版に当たるMk VIIIやMk IXを合計した4万6500台には届いていない。

Mk Xはモダンなスタイリングが災いし、価値が認められにくい傾向にあった。ジャガーは告知のためにTVドラマの大道具としてクルマを提供し、広々とした車内を映像を通じてアピールした。ミニカーにもなり、子供には人気が高かった。

少なくともジャガーに対する信仰心は、1950年代のル・マン優勝で大幅に高まっていた。輸出で多額の外貨を稼いだウイリアム・ライオンズは、ナイトの称号も得た。Mk VIIからMk IXの80%は海外へ輸出され、外貨も稼いでいた。

その反面、ジャガーMk Xの評価は充分に上昇しなかった。先代のMk VIIが登場する頃には、映画や音楽業界の中心地だった、ウォーダーストリートのベントレー的なイメージが薄れ始めていたことは事実だ。

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