【連載:清水草一の自動車ラスト・ロマン】#8 大貴族号は男の“42”場所!

公開 : 2025.05.16 12:05  更新 : 2025.05.16 12:05

自動車はロマンだ! モータージャーナリストであり大乗フェラーリ教開祖の顔を持つ清水草一が『最後の自動車ロマン』をテーマに執筆する、毎週金曜日掲載の連載です。第8回は『大貴族号は男の“42”場所』を語ります。

問題が出たらその都度修理すればいい

つくばのメカトリエで大貴族号(愛車となった先代マセラティクアトロポルテ)に初対面し、望外の試乗も完了。内外装やサスペンションは一部没落しているものの、機関および変速機が健全なので、走行には支障ナシ! 大勝利だ。

オレ「じゃ、とりあえず最低限の整備をしてもらって納車、ってことで」

男の死に場所『その1』はフェラーリ458イタリアだった。大貴族号は『その2』になる。
男の死に場所『その1』はフェラーリ458イタリアだった。大貴族号は『その2』になる。    池之平昌信

問題が出たらその都度修理すればいい。サスペンションの「タタタタタタ!!」って音も、我慢できなくなってから直せばいい。その方がロマンを満喫できるはずだ。

しかし、マセラティの名店は、私の提案をにべもなく拒絶した。

タコちゃん(マイクロ・デポ岡本和久代表)「いや、ダメです。カムシールからオイルが滲んでるので、それは直します」

多少のオイル漏れくらい、ぜんぜんいいのになぁと思ったが、口調に気圧された私は、「そ、そうですか……」と答えるしかなかった。

タコちゃん「あと、サスペンションもやんないとダメです」

このまんまでも走れるのになぁと思ったが、そのうちあの音に耐えられなくなる予感はしたので、これまた「そ、そうですか……」と答えざるを得なかった。

タコちゃん「それと、シートやドアモールの白サビもやりましょう。ウチは一切儲からないんですけど、専門家に頼めば、だいぶキレイになりますから」

タコちゃんの目には、懇願にも似た光が宿っていた。

没落貴族を大貴族に戻すのがロマン

考えて見るとマイクロ・デポは、ピカピカのビンビンに仕上げた中古マセラティを売るお店。タコちゃんは、ピカピカのビンビンじゃないとガマンできない人だ。なにしろ本社の電話番号が『ゴクローはしないナ(03-5968-4717)』なのだから!

中古マセラティに苦労せずに乗れますよと、ハトヤの電話番号みたいに豪語しているのである。

大貴族号のパーツを続々と取り寄せて整備を始めたタコちゃんこと、マイクロ・デポの岡本和久氏。
大貴族号のパーツを続々と取り寄せて整備を始めたタコちゃんこと、マイクロ・デポの岡本和久氏。    岡本和久

私としては、中古マセラティなんて、苦労したくて乗るクルマだと思うのだが(編集部注:あくまで筆者の印象です)、タコちゃんによると、「そんなお客さんは清水さんくらいしかいません」。信じられないが、それが世間一般の要求らしい。みんなロマン(≒故障)が嫌いなんだなぁ……。

逆にマイクロ・デポにすれば、ロクに整備もせずにクルマを売るのは、ロマンがないのだろう。タコちゃんにとっては、ズタボロの没落貴族を大貴族に戻すのがロマン。

ロマンとロマンのぶつかりあいだが、今回私は、「直す前の状態がわかったから、ま、いっか」ってことで、全面的に譲ることにした。仕上がった時、「これがあの没落貴族か!?」と感動するのも、ひとつのロマンかなということで。

その後タコちゃんは、大貴族号のパーツを続々と取り寄せて整備を始め、マイクロ・デポのブログでその様子を逐一報じた。

かつてのマセラティは伝統的に整備性が劣悪。トヨタみたいな親切設計とは無縁の貴族である。手のかかる貴族をなだめすかし、力業で整備する姿は、まさに自動車ロマン。ロマンを愛する者として、目頭が熱くなった。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    清水草一

    Souichi Shimizu

    1962年生まれ。慶応義塾大学卒業後、集英社で編集者して活躍した後、フリーランスのモータージャーナリストに。フェラーリの魅力を広めるべく『大乗フェラーリ教開祖』としても活動し、中古フェラーリを10台以上乗り継いでいる。多くの輸入中古車も乗り継ぎ、現在はプジョー508を所有する。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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