ベントレーのオープンホイール・レーサー 親子で仕上げたT1プロトタイプ・シャシー 前編

公開 : 2022.05.29 07:05

ベントレーT1用シャシーをベースに、オーナー親子が仕上げたレーシングカー。稀代の1台を英国編集部がご紹介します。

驚異的に速いTタイプ・スペシャル

「シフトゲートは見ないでください!」。現オーナーのベン・イースティック氏がエグゾーストノート越しに叫ぶ。

「シフトパターンは通常と同じです。ゲートの配置は上下逆で、見ると混乱するだけです」。彼の助言の通りだった。これまで経験した変速で、最も集中力が求められた。シフトレバーは重く、まるで古いトラックのもののようだ。

ベントレーT1シャシー・スペシャル・レーサー(1976年)
ベントレーT1シャシー・スペシャル・レーサー(1976年)

クラシックなベントレーの4速MTですら、もっと直感的に手を動かせたと記憶している。だが1度感覚を掴めば、シフトレバーを自然に押し込めるようになり、緊張も解けていく。

シンクロメッシュの効きが良いとは感じられないが、トランスミッションが温まるにつれて、ダブルクラッチを踏んで2速へ軽快に落とせる。がっしりした手応えは変わらないけれど。

このTタイプ・スペシャルほど、ユニークなベントレーはないだろう。実際のところ、どのギアを選ぶかはさほど重要ではない。1500rpmを超えると、55.2kg-mという太いトルクがフラットに湧出される。目立ったピークも感じられない。

クルマの重さは、ドライバーと燃料を含めても約1.1t。ギアに関係なく、驚異的に速い。

ロールス・ロイスのプッシュロッドV8エンジンは、5000rpm以上回さない方が良いといわれるが、今回はさらに1000rpm上限が低い。2.88:1のファイナルレシオと、今回の狭いサーキットという組み合わせには好都合といえる。

フロントに載る6.2LスーパーチャージドV8

フライホイールは軽く、慣性は小さい。1速での発進には、バランスを探るような丁寧さが求められる。スーパーチャージャーが組まれていているが、回転は滑らかだ。内部構造の軽さが発揮されている。

わずかに右足へ力を込めると、素晴らしい体験が待っていた。リアタイヤを空転させ、スキール音と白煙を放つだけの余力が常に控えている。

ベントレーT1シャシー・スペシャル・レーサー(1976年)
ベントレーT1シャシー・スペシャル・レーサー(1976年)

ストレートを矢のように直進し、ブレーキングやコーナリングでも、進路が乱れることはない。キャスターとキャンバー角を調整し、僅かにトーアウトにすることで、アンダーステアの軽減を検討中だという。

とはいえ、6.2LのスーパーチャージドV8エンジンがフロントに載ることを実感するほど、フロントタイヤが押し出されることはない。このクルマを手掛けたイースティック親子の狙いは、見事に達成できているように思える。

サーキットの短いストレートで勇気を振り絞れば、2速でレッドラインに飛び込む。試しに手早く3速や4速に入れてみても、変わらず速い。トルクが太い証拠だ。

ブレーキは、シルバーシャドウ用のソリッドディスク。パッドが鳴きながら、まっすぐにスピードが絞られる。制動力に不安はない。過去にサーボが追加されたこともあるというが、必要なさそうだ。

ステアリングは正確で、走り出してしまえば快活に操れる。ステアリングラックは、現在はGM社製のラック&ピニオン式が組まれている。オリジナルのボール・ナット式だったら、曖昧に感じたことだろう。

記事に関わった人々

  • 執筆

    ポール・ハーディマン

    Paul Hardiman

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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