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時代の寵児か、それとも徒花か グループBポルシェ、959に乗る

2017.04.02

100字サマリー

今となっては懐かしくもあるグループB時代。このグループBカテゴリーに新たなるチャレンジャーとしてポルシェが送り込んだモンスター・マシンが959でした。そして、この959は、911の後継モデルをどうするかという課題にも取り組んだテスト・モデルの要素も持っていました。(姉妹サイト、CLASSIC & SPORTSCARより転載)

 

「このシュトゥットガルトのハイテク・ヒーローは1980年代のロックシンガー、イクセス・オール・エリアズの歌うシャイに完全にマッチしたクルマだった」グレッグ・マックリーマンが、究極の日常的スーパーカーをテストしながら、そう語る。

テクノロジー満載のスポーツカー

独創性に富んだスーパーカーのラインナップの中にあって、エンジニアリングの理想を、利益と美しさに関するそれまでの基本概念を遥かに超える水準に引き上げ、ライバルを一蹴するような車両を生み出したと誰もが認めるクルマがブガッティ・ヴェイロンである。しかし、その登場の20年以上も前に、その水準に最初に到達したクルマがあった。それがポルシェ959だった。

スーパーカーがクルマの王様であり、大半のメーカーの意識がパワーとトップスピードに向き、それ以外の点についてあまり考えられなかった10年間にあって、959はライバルを瞬時に陳腐化させるテクノロジーで流行に逆らった。

造形的な通気口。


959の物語は1982年に始まる。この年、FIAはグループB、すなわちグループ4及び5に代わる新たな何でもありのレースおよびラリー・カテゴリーを導入した。重量制限もなかった一方、特殊材料を自由に使え、出力が無制限であった点がツッフェンハウゼンのエンジニアたちにとって抗えない誘惑となった。

四輪駆動は、964で搭載される4WDの実験でもあった

あらゆるレースを征服したアウディ・クワトロによって証明されたように、四輪駆動が成功するための必須条件であることが間もなく判明した。しかしながら、ポルシェは、アウディとは異なり、フロントにエンジンを搭載したレイアウトの限界を認識した一方、ミドシップ構成ではホモロゲーションに必要な200台は生産できないと考えた。驚くまでもないが、同社は、ベース車として自社の最も長きにわたり最も成功したモデルである911に目を向け、ヘルムート・ボットの指揮下で1983年1月に959プロジェクトを立ち上げた。

合金製中空スポーク。


最初のプロトタイプが1983年にフランクフルトショーで発表されたとき、959が911の遺産を受け継いでいることは誰の目にも明らかだった。スタイリング上同一の特徴を持たせるために細心の注意が払われた。というのも、ポルシェは、グループBをターゲットにしていただけでなく、959について、将来の911モデル、すなわち1989年の4輪駆動を初めて装備した964の見本であると同時に実験台であると見ていた。

こうした類似性にもかかわらず、959には、911よりも長いテール、深いサイド・スカート及び低いリア・スポイラーなど、人目を引く形状を備えていた。それは、いず最高速322km/hに達する959にとって必然とされる空気抵抗低減及び高速安定性向上を目的とする設計要素が追加されていたためであった。

細長いシルエットは風洞試験で大成功を収めた。その0.31というドラッグ係数は、現代の911の0.40を大幅に上回っていた。959の抵抗係数は、25年以上後に発表されたスーパーカーであるフェラーリ458イタリアを下回っていたのだ。

 
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