初代ロータス・エリーゼを手掛けた人物 40年変わらぬジュリアン・トムソン氏の情熱:デザイン・ヒーロー賞 #AUTOCARアワード2026

公開 : 2026.07.09 17:05

初代ロータス・エリーゼ、レンジローバー・イヴォーク、そして未来のシボレー・コルベット。数々の作品を生み出してきたジュリアン・トムソン氏が、AUTOCARアワードの「デザイン・ヒーロー賞」を受賞しました。

自動車デザインに対する純粋な情熱

奇妙に聞こえるかもしれないが、ジュリアン・トムソン氏が他の著名な自動車デザイナーと大きく異なる点は、40年前と変わらず、素晴らしいデザインを生み出すことに情熱を注ぎ続けていることだ。AUTOCARはそんな彼を、2026年の「デザイン・ヒーロー賞」に選んだ。

この業界で30年、40年と活躍してきた多くの自動車デザイナーは、やがて管理職や経営陣となり、主に大企業の役員室の動向に気を取られるようになる。

ジュリアン・トムソン氏
ジュリアン・トムソン氏

トムソン氏は業界最大手の1つであるゼネラルモーターズ(GM)との関係を長く続けてきたが、2022年以降は英国ウォリックにあるGMの新しい欧州先進デザインスタジオの推進役を務めている。そこでは、デトロイトの本社に向けて独創的なデザインを提案している。中国、韓国、そして米国カリフォルニアのスタジオも同様の活動を行っている。

トムソン氏の手腕を物語るエピソードを1つ紹介しよう。当時GMのグローバルデザイン責任者だったマイク・シムコー氏は、欧州の新スタジオ開設計画を一旦保留にし、2021年半ばにジャガーを退社したばかりのトムソン氏が新しい役職に就けるかどうかを確かめるまで待っていたのだ。2人は最初の打ち合わせで意気投合し、同じくデザインに非常にこだわるシムコー氏は、喜んで待つことを選んだ。

GMの英国デザインスタジオを牽引

シムコー氏が待った甲斐あって、2024年までにトムソン氏の新スタジオには、厳選された35名のチームが結成され、GM傘下のキャデラックシボレー、GMC、ビュイック、ハマーの各ブランドに向けた極秘プロジェクトに精力的に取り組むようになった。

そして約1年前、ウォリックのスタジオは、未来のシボレー・コルベットを描いたコンセプト案を発表し、話題をさらった。その後も同様の依頼が相次いでいる。

シボレー・コルベット・コンセプトカーとジュリアン・トムソン氏
シボレー・コルベット・コンセプトカーとジュリアン・トムソン氏

トムソン氏はチームの選定に非常にこだわりを持っており、必要なスキルを持っていると確信できる親しい同僚や友人を、ためらうことなく招き入れている。

「コラボレーションの力を理解している人材を揃えることが極めて重要です。協力し合えるグループなら、驚くほど多くのことを成し遂げられます。わたし達のメンバーは、物事を適切に議論し、アイデアを出し合うことの大切さを理解しています」とトムソン氏は語る。

巨大スタジオからプレハブ小屋へ移籍

トムソン氏が自動車デザインの情熱に目覚めたのは、1980年代半ばにロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業した後、フォードの巨大なデザインスタジオで働き始めた頃だ。

「大学とはあまりに環境が違っていて、少し驚きました。皆、自分の仕事を気に入っていましたが、わたし達のように街の風景を変えたいという衝動は持っていなかったのです」

ロータス・エリーゼS1
ロータス・エリーゼS1

そんな時、ロータスへ移る機会が訪れた。ロータスでは当時、ピーター・スティーブンス氏が小さなデザインチームを立ち上げており、移籍によって環境はまたしても一変した。

「すべてが刺激的でした。巨大スタジオからプレハブ小屋へと移ったのですが、建材の一部がまだ届いておらず、風雨にさらされていたのです。それでもわたしは気にしませんでした」

この時期、トムソン氏は自身の最も有名な作品の1つである初代ロータス・エリーゼをデザインした。初代エリーゼは今日、崇拝とも言えるほどの高い評価を得ている。彼は今でも、ロータス・ドライバーズ・クラブの活動に携わっている。

「ロータスが大好きでした。ただ、当時よりも今の方が、わたし達のやったことの重要性がはるかに大きく感じられます。会社のあらゆる部分に関わることができたのは、素晴らしい経験だと思います。製造、エンジニアリング、パワートレイン、電気系統の各部門に友人がいて、彼らの抱える問題のすべてを知ることができたのです。お互いに交流し、多くの友情を築きました」

記事に関わった人々

  • 執筆

    スティーブ・クロプリー

    Steve Cropley

    役職:編集長
    50年にわたりクルマのテストと執筆に携わり、その半分以上の期間を、1895年創刊の世界最古の自動車専門誌AUTOCARの編集長として過ごしてきた。豪州でジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせ、英国に移住してからもさまざまな媒体で活動。自身で創刊した自動車雑誌が出版社の目にとまり、AUTOCARと合流することに。コベントリー大学の客員教授や英国自動車博物館の理事も務める。クルマと自動車業界を愛してやまない。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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