公道を走れレースで戦える2面性 ホルストマン・スーパースポーツ(2) 投資を超えた革新性と向上心
公開 : 2025.04.25 18:06
戦前にバンクカーブを130km/h以上で疾走したホルストマン 繊細でか弱く見える流線型のアルミボディ ライバルはブガッティ 公道を走れレースで戦える2面性 現存唯一の希少車を英編集部がご紹介
もくじ
ー公道を走れサーキットで戦える2面性
ー繊細でか弱く見える流線型のスーパースポーツ
ーマフラーパイプから放たれる鋭い排気音
ー投資額を遥かに超えた革新性と向上心
ーホルストマン・スーパースポーツ(1921〜1925年/英国仕様)のスペック
公道を走れサーキットで戦える2面性
ホルストマンのスチームは、ブルックランズ・サーキットでの200マイルレースで悪くない結果を残した。コベントリー社製エンジンの2台は18周過ぎにリタイアするが、アンザニ社製エンジンのウォレス・ダグラス・ホークス氏は、5位で完走している。
タルボやブガッティには及ばなかったものの、平均時速は132.5km/h。ホルストマンが、1921年に英国最速の軽量モデルだと量産車で主張しても、過言ではなかった。

量産仕様のスーパースポーツは、1922年に発売。11.9psのアンザニ社製1498ccユニットか、10.5psのコベントリー社製1341ccユニット、2種類から選択することができた。
販売価格は500ポンド。ボンネット付きの2シーターボディは、ポリッシュされたアルミニウム製で、取外し可能なサイドのランニングボードが標準だった。フロントガラスは角度調整が可能で、一式のライトとスペアタイヤも装備された。
含まれていなかったのは、キックスターター・ペダル。保証も付帯しなかったが、公道を走れサーキットで戦えるという、2面性は備わった。
ところが、ホルストマンの経営は苦しかった。資金不足で1923年のレースには出場できず、1924年に4台がブルックランズ・サーキットでの200マイルレースへ出場するものの、トラブル続きで完走は1台のみ。平均時速は131.3km/hで、結果は12位だった。
繊細でか弱く見える流線型のスーパースポーツ
唯一と思われる今回の残存車両は、1921年8月に、200マイルレースの直前にナンバー登録されている。その後、グレートブリテン島南東部のサフォーク州に住むハリーズという人物が、1925年2月12日に購入した記録が残っている。
ハリーズは3年間所有し、ジョン・ヒル氏へ売却。1964年まで所有した後、ジェフリー・プレイスター氏が2017年に亡くなるまで維持した。以降は英国のプレイスター慈善財団に譲渡され、今もオーナーという立場にある。

数年前に、自動車博物館のグレート・ブリティッシュカー・ジャーニーが、展示を財団へ打診。走行可能な状態へ整え維持するという条件で、貸出が決定したという。コベントリー社製エンジンは、長年フラッシングされておらず、固着した状態にあった。
しかし、グレート・ブリティッシュカー・ジャーニーのマーク・ローレンス氏とルーク・ヘンショー氏の努力で復調。今では1921年と変わらない、快調さを披露する。
筆者がスーパースポーツを目の当たりにするのは、これが初めて。とても繊細で、か弱く見える。車重は僅か610kgだという。ポリッシュされたボディは、リアアクスルより600mmほど後方へ伸びている。リアデフに、唯一ホルストマンという刻印がある。
フロントへ回ると、傾斜が付けられフィンが切られたラジエターカウルが、流線型のボディと好対照。ディスクホイールには、細いダンロップ・コードタイヤが巻かれている。ブレーキは、リアのドラムだけ。フロント側には備わらない。
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