【トヨタRAV4ヒストリー】原点は1989年のRAV-FOUR!木村拓哉CMの初代から5代目まで歴代モデル振り返り

公開 : 2025.05.26 11:45

2代目トヨタRAV4(2000年)

初代RAV4は北米市場でもヒットし、CUV(クロスオーバー・ユーティリティ・ビークル)と呼ばれる、乗用車ベースのクロカン4WDとして人気を集めた。

それゆえ海外市場での需要拡大を考慮して、2代目RAV4は2000年3月のジュネーブ・ショーでワールドプレミア。日本仕様は同年5月に発売された。

2代目トヨタRAV4(2000年)
2代目トヨタRAV4(2000年)    平井大介

スタイリングは初代からの正常進化といったデザインだが、サイズは全体的に大きくなり、全車3ナンバーとなった。初代同様に販売店の関係でRAV4 LとRAV4 Jを設定。ボディタイプも3ドアと5ドアが設定されていたが、初代とは異なり5ドアが主体となっていた。

初代RAV4が先鞭をつけた日本のSUV市場だが、ホンダCR-V日産エクストレイルといった少しサイズの大きなライバルが人気を集め、またトヨタでも兄貴分のハリアーが登場し、やや中途半端な存在となった2代目RAV4は、日本市場では初代ほどの人気を集めることはなかった。

3代目トヨタRAV4(2005年)

グローバルカーとしての地位を固めつつあるRAV4は、3代目も2005年9月のフランクフルト・ショーでワールドプレミアされた。日本仕様は同年11月に発表される。

ボディサイズは先代よりもさらに大きくなり、また3ドアが廃止されて5ドアのみとなる。またネッツ店専売車種となったのでRAV4 LとRAV4 Jは統一され、車名は単にRAV4となった。全長は4.4m足らずだが全幅は1.8mを超え、当時の日本の街中ではかなり大きく感じられた。

3代目トヨタRAV4(2005年)
3代目トヨタRAV4(2005年)    平井大介

パワートレーンも、それまでは1.8Lや2Lが主流だったが2.4L+CVTとなり、海外仕様には3.5LのV6やディーゼルエンジンも設定された。2010年にはテスラと共同開発したコンセプト電気自動車『RAV4 EV』が発表されている。

日本市場では肥大化したサイズだけではないと思われるが、初代からのイメージが乖離したこともあり、人気が低迷して2007年に生産を終了。輸出仕様のRAV4ロングボディをベースにした『ヴァンガード』が後継車種として登場する。

4代目トヨタRAV4(2013年)

4代目となるRAV4は2012年のロサンゼルス・ショーでワールドプレミアされ、翌年から北米市場を皮切りに、欧州などでも販売される。だが、日本で発売されることはなかった。

かつてはRAV4の兄貴分的存在だったハリアーは、レクサスRXとの絡みもあって日本市場では一時期フェードアウトしていたが、2013年に4代目RAV4のプラットフォームを共用して復活。これが人気を集めたことも、4代目RAV4の日本仕様が設定されなかった理由のひとつに挙げられるだろう。

4代目トヨタRAV4(2013年)
4代目トヨタRAV4(2013年)    平井大介

だが、グローバルカーとしては成功しており、2016年と2017年には、世界で一番売れたSUVの座を獲得している。

サイズはさらにアップされ、全長は4.6m近く、全幅も1.85m近くになった。パワートレーンは2.5Lガソリンを中心に新開発の2.0Lディーゼルなども仕向け地によって設定された。また、2015年のマイナーチェンジでは2.5L+モーターのハイブリッドも設定された。

記事に関わった人々

  • 執筆

    篠原政明

    Masaaki Shinohara

    1958年生まれ。某自動車雑誌出版社をめでたく? 卒業し、フリーランスのライター&エディターに。この業界に永くいるおかげで、現在は消滅したものを含めて、日本に導入されている全ブランドのクルマに乗ってきた……はず。クルマ以外の乗りものもけっこう好きで、飛行機や鉄道、さらには軍事モノにも興味があるらしい。RJC会員。
  • 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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