自動車史100年の最強インフルエンサー(4) ラリー界の勢力図を一変させたアウディに、ギネス記録のマクラーレンF1 トップに選ばれた3台は?
公開 : 2026.06.28 17:50
1900年代のフォード・モデルTから1990年代のマクラーレンF1まで、強い影響力を残してきた傑作たち。100年を10年ごとに区切り、各年代から1台ずつ計10台を選出。最強インフルエンサーはどの1台か、UK編集部がジャッジします。
もくじ
ー1980年代代表:アウディUrクワトロ(1980〜1991年)
ー僅かな時間でラリー界の勢力図を一変
ー1990年代代表:マクラーレンF1(1993〜1998年)
ー絶対的な軽さに、絶対的な品質
ー安価なクルマに生活を変える力がある
1980年代代表:アウディUrクワトロ(1980〜1991年)
国際ラリー選手権で一躍アウディの名声を高めたのが、Urクワトロ。洗練されたスタイリングで四輪駆動システムを包み、ターボの採用で周囲を驚かせる速さを叶えていた。どのメーカーもカタチにしていない、偉業と呼べるクーペだった。
技術者の努力がなければ、Urクワトロは誕生しなかった。フォルクスワーゲン・イルティスという小さな軍用車両に着想を得て、アウディ80の四輪駆動技術と、200 ターボの5気筒ターボエンジンを融合。素晴らしい走行性能が導かれた。

その実力を認知させるべく、選ばれたのは国際ラリー選手権。アウディ・クーペをベースに量産仕様の設計は進み、四輪駆動システムは進化を遂げ、オンロードでの走りも磨かれた。202psへ強化された2144cc 5気筒ターボは、特徴的な響きでも印象付けた。
1981年当時、世界ラリー選手権でUrクワトロに並ぶマシンは存在しなかった。ハンヌ・ミッコラ氏とアルネ・ヘルツ氏のペアは、スウェーデンで優勝。ミシェル・ムートン氏とファブリツィア・ポンス氏のペアも、イタリア・サンレモで勝利している。
僅かな時間でラリー界の勢力図を一変
速さは圧倒的で、ライバルを四輪駆動化とターボ化へ推し進め、短時間にラリー界の勢力図は書き換えられた。同時に、量産車として公道での性能も際立つものだった。
筆者も1990年代初頭に初期のUrクワトロを所有していたが、雪で覆われた道での走りには驚かされた。革命的だと感じたほど。今回ご登場願った、アダム・マースデン氏が所有する1981年式は、オリジナルを保った素晴らしい状態にある。

「ミシェル・ムートンさんがクワトロを駆る姿は、すごくカッコ良かった。女性チームが男性たちを負かす姿に、大きな影響を受けたわ」とタニア・ブラウン氏が振り返る。
Urクワトロの強みは、四輪駆動の滑らかさにあると、ピーター・スティーブンス氏は考えている。「洗練されたパッケージングに、すべて収められることを証明しました。パワーは過剰でなく、加速に不満はなく、長距離移動に最適な素晴らしいクルマです」
協力:AMカーズ、アダム・マースデン氏
1990年代代表:マクラーレンF1(1993〜1998年)
謙虚なスティーブンスは、この年代の代表としてスバル・インプレッサ・ターボを選んだ。自身が開発へ関与した、マクラーレンF1ではなく。過去より速い必要があるという、ハイパーカーへの強い執着が開発チームにはあったからだと、その理由を明かす。
少し皮肉的な発言だが、F1が最高速度の限界を大幅に引き上げたことは事実。彼の考えは本人にしか理解し難いものといえ、影響力の大きさは紛れもない。

ゴードン・マレー氏が提案した、3シーターのロードゴーイング・マクラーレンのアイデアは、トップのロン・デニス氏へ感銘を与え、量産化は進み出した。スティーブンスはスタイリングとインテリアを担当し、エンジンはBMWに託された。
完成したF1はカーボン製モノコックで、車重は1138kg。オールアルミ製の6064cc V12自然吸気エンジンをミドシップし、636psのパワーは後輪が受け止めた。カーボン製ボディを熱から守るため、16gの金箔が貼られていたことは有名だろう。





















































































































































































































































