【現役デザイナーの眼:アウディ・コンセプトC】アイデンティティを取り戻せ!初代TTとは本質が異なる?

公開 : 2025.09.09 11:45

現役プロダクトデザイナーの渕野健太郎が今回取り上げるのは、先日登場した『アウディ・コンセプトC』です。初代TTに通ずる非常にシンプルなデザインは今後のアウディ車のデザインに波及すると言われ、大変注目の1台です。

2シーターの電動スポーツカーアウディ・コンセプトC』が発表されました。初代アウディTTに通ずる非常にシンプルなデザインは、今後のアウディ車のデザインに波及すると言われているだけに、大変注目の1台と言えます。

まず初代TTの話からですが、このクルマは私が大学生だった1998年に発売されました。その頃からカーデザイナーを目指していたので、大変衝撃を受けたのを覚えています。なんと言っても極限にシンプルなデザインは、ちょうどその頃勉強していたバウハウスから生まれたような、ミニマルで普遍的な魅力に溢れていました。

シンプルながら車格を感じさせるコンセプトCのサイドビュー(下)。しかしシルエットにおいて、初代TT(上)のようなオリジナリティはあまり感じない。
シンプルながら車格を感じさせるコンセプトCのサイドビュー(下)。しかしシルエットにおいて、初代TT(上)のようなオリジナリティはあまり感じない。    アウディ

今あらためてこのクルマを見ると、タイヤアーチの円がそのままシルエットに直結していることがデザインの肝だと感じます。自動車には絶対必要なタイヤ。それを素直にシルエット全体に波及させて、究極のシンプルを目指しているんですね。

またこのクルマのすごいところは、そのような無駄を廃したデザインが『唯一無二の個性』に昇華できているところです。

コンセプトCを見た第一印象は、初代TTの様に本質的なデザインへの回帰を目指したんだなと言うことです。全体的にとてもシンプルで塊感のある造形であり、またキャラクターラインも最小限にとどめています。

これらは初代TTに通じるところがありますが、唯一無二の個性で究極のシンプルかというとそうは言い切れません。まず、サイドシルエットは割と平凡で、TTのような独自の個性とは言いづらいです。

フロントでは細い縦長のグリルから始まる立体が視覚的にオーバーハングの長さを強調し、さらに完全にスタティックなフロント周りのグラフィックはアイコンとしては強いのですが、造形的に他の部位と合っていないようにも思います。

とにかくシンプルにしたいという心意気は感じられるのですが、それらのデザインは初代TTが持っていた本質とは少し異なるものだと思いました。

アイデンティティを取り戻すことへの期待

少し歴史を振り返ると、初代TTは他のアウディ車のデザインにも大きな影響を与えました。

オールロードクアトロが初めて投入されたA6などを筆頭に、すべてのアウディ車でバウハウス的ミニマルデザインが踏襲され、メルセデス・ベンツBMWといったライバルとは全く異なった個性を出すことに成功しました。この知的なイメージが、アウディのブランドそのもののアイデンティティになったと言っても良いでしょう。

全体的に塊感の強い造形だが、グリル横の掘り込みが深いので視覚的にオーバーハングが長く見えている。
全体的に塊感の強い造形だが、グリル横の掘り込みが深いので視覚的にオーバーハングが長く見えている。    アウディ

発売当時は物議を醸した『シングルフレームグリル』も、バンパーの上下で分かれていたラジエター開口をシンプルにひとつにまとめようという、ミニマルデザイン的発想だったかもしれません。

しかし、その後はモデルチェンジのたびに装飾が多くなりました。これは市場環境の変化、ユーザーや営業担当からのリクエスト、また競合車の動向など様々な要因があります。クルマのモデルチェンジとは旧型を分析し、問題の解決策を出すことが大きな仕事ですので、どうしてもシンプルであることを突き通すのは難しい面があるのです。

しかしモデルチェンジごとに市場に埋もれ存在が薄くなることがあり、近年のアウディはまさにそのようなスパイラルではなかったかと感じています。

ですのでコンセプトCのメッセージは、初心に帰り『アイデンティティを取り戻す』ことなのではないでしょうか。装飾過多になった今のデザインをアウディ自身が問題に思っていたのでしょう。その点がとても嬉しいことだと感じてます。

記事に関わった人々

  • 執筆

    渕野健太郎

    Kentaro Fuchino

    プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間に様々な車をデザインする中で、車と社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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