メルセデス・ベンツが開発した型破りなクルマ 30選(前編) 世界を変えた技術と挑戦

公開 : 2025.10.11 11:05

8/38hp(1926年)

ドイツ国内においてライバル同士であったダイムラーとベンツは、1924年に「相互利益に関する協定」を結び、2年後に合併した。合併後の会社はダイムラー・ベンツと称されたが、その製品はメルセデス・ベンツという名で販売されることになった。

この名称を冠した最初のモデルが8/38hpである。当時の技術水準を考えると驚くほど保守的で、2.0Lのサイドバルブ(フラットヘッド)エンジンを搭載していた。しかし、選択肢は豊富だった。当初は2ドアまたは4ドアのセダン、あるいはオープンツアラーが展開され、1928年には13種類ものボディスタイルから選べるようになっていた。

8/38hp(1926年)
8/38hp(1926年)

ニュルブルク(1928年)

ニュルブルクは、まだ完成したばかりのニュルブルクリンク・サーキットに因んで名付けられた。プロトタイプはこのニュルブルクリンクで、わずか13日間で2万kmを走行した実績を持つ。しかし、最大5.0Lという大排気量エンジンを搭載していたにもかかわらず、高性能車ではなく大型の高級車として位置づけられていた。

また、メルセデスの量産車として初の8気筒でもあり、初期のカタログの表紙には金文字で「ニュルブルク8(Nurburg 8)」と記されていた。

ニュルブルク(1928年)
ニュルブルク(1928年)

SSK(1928年)

SSKとは、「スーパースポーツ・クルツ(Super Sport Kurz)」の略で、最後の「クルツ」はホイールベースが短いことを示す。乗用と競技利用の両方を意図したモデルSシリーズで、究極の公道仕様車であった。そのスーパーチャージャー付き7.1L直列8気筒エンジンは順調に発展し、1929年には約250psを発生するまでに至り、モータースポーツにおいて驚異的な成功を収めた。

SSKLは、SSKを軽量化した派生モデルで、最高出力300psを発生した。主にレース向けに開発され、ルドルフ・カラツィオラ(1901-1959)、ハンス・シュトゥック(1900-1978)、マンフレート・フォン・ブラウヒッチュ(1905-2003)といった英雄的なレーシングドライバーたちの手で数々の勝利を収めた。

SSK(1928年)
SSK(1928年)

グロッサー・メルセデス770(1930年)

初代グロッサー・メルセデス(「大きなメルセデス」という意味)は7.7Lエンジンを搭載。自然吸気仕様で150psを発生したが、高価なスーパーチャージャー仕様(117台のうち104台が後者)では200psにまで上昇する。

さらには防弾ボディも選択可能で、日本の昭和天皇(1901-1989)の御料車としても採用された。御料車は1971年にドイツへ返還され、シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ博物館に展示されている。

グロッサー・メルセデス770(1930年)
グロッサー・メルセデス770(1930年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

メルセデス・ベンツが開発した型破りなクルマ 30選の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事