見た目も機能も強烈! 特徴的なリアウィングを備えたクルマ 22選(前編) 1970~1980年代

公開 : 2025.12.01 11:45

フォード・エスコートRS2000(1976年)

トランクリッドに固定された短いゴム片がこれほど多くの人々を熱狂させた例は、2代目フォード・エスコートRS2000のスポイラー以外にはない。このスポイラーは先行の1600スポーツやRSメキシコにも採用されていたが、RS2000は多くのスポーツドライバーの心をくすぐった。

「ドループ・スヌート(垂れ下がった鼻先)」と呼ばれるフロントエンドと相まって、RS2000は他のエスコートと一目で区別がついた。リアスポイラーの装着には機能面での確かな理由があった。ラリーでの長年の経験から、フォードはこの小さな追加部品でダウンフォースを生み出せなくとも、リフトを抑えることができると学んでいたのだ。また、スポーティなエスコートには重要な装備であり、おかげで1万台以上を売り上げることができた。

フォード・エスコートRS2000(1976年)
フォード・エスコートRS2000(1976年)

ランボルギーニカウンタック(1978年)

初期のカウンタックLP400の方が純粋で美しいと考える人は多いが、1978年以降の購入者の大半はV字型リアウィングを選んだ。このウィングはLP400Sに搭載され、オーナーの気分次第で比較的簡単に取り付け・取り外しが可能だった。

リアウィング装着時は高速安定性が向上するが、最高速度が抑えられてしまう。装着時のLP400Sは、最高速度290km/hの初期型よりも約15km/h遅かった。ランボルギーニは、よりパワフルなLP500Sを投入することで解決を図り、最終的には295km/hのLP5000QVを世に送り出した。

ランボルギーニ・カウンタック(1978年)
ランボルギーニ・カウンタック(1978年)

フォード・シエラRSコスワース(1985年)

1980年代を代表するリアウィングを1つ選ぶとすれば、それはフォード・シエラRSコスワースの巨大なウィングだろう。これはローター・ピンスケ氏の設計によるもので、3ドアのハッチバック構造による揚力を克服するには、ウィングを高い位置に装着する必要があると判断したのだ。当初、このデザインはフォード経営陣の反発に遭ったが、ピンスケ氏はRSの最高速度240km/hに対応するには必要だと主張した。

彼の判断は完全に正しかった。RSコスワースは公道でもサーキットでも、ほぼ無敵の存在となった。ホモロゲーションモデルであるRS500は、さらに攻撃的なウィングを採用。上部デッキに小さなリップを追加し、テールゲートの後縁にはロアスポイラーを固定している。

フォード・シエラRSコスワース(1985年)
フォード・シエラRSコスワース(1985年)

アウディ・クワトロ・スポーツS1 E2(1985年)

強大なアウディ・クワトロでさえ、世界ラリーの最前線に留まるためには開発と進化を余儀なくされていた。その結果、1984年には出力向上と軽量化のためのケブラー製ボディワークを備えたS1モデルが誕生したが、真に注目を集めたのはE2バージョンだった。主要ライバルと互角に戦うのに十分なダウンフォースを生み出すため、冗談のように巨大なフロント&リアウィングが採用されたのだ。

他のグループBラリーチームと同様に、アウディの時代も1986年に幕を閉じた。しかし、S1は1987年パイクスピーク・ヒルクライムでヴァルター・ロール氏の手で優勝を飾り、最後の輝きを見せた。750psと初期のPDKデュアルクラッチ・トランスミッションを搭載したこのクワトロは、10分47秒85という記録を打ち立てた。

アウディ・クワトロ・スポーツS1 E2(1985年)
アウディ・クワトロ・スポーツS1 E2(1985年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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