電動化前夜に、アルピーヌA110でアルプスを走る【日本版編集長コラム#58】

公開 : 2025.11.30 12:05

ひと昔の上級スポーツグレードでよく見られた

次に乗った『A110GTS』には、『ヴァーサタイル・パフォーマンス』というキャッチコピーが付けられている。直訳すれば『多彩な性能』となり、以前設定されていたロングツーリングに強い『GT』と、よりスポーティな『S』を統合したことで得られた、多様性を表現しているのだろう。

しかし乗り味は、以前のSに近いもの。足まわりはしっかりと硬く、ひと昔の上級スポーツグレードでよく見られたような、まさに漢(男)のクルマだ。正直、GTとは明らかに異なるが、サーキット走行も楽しむ人にはちょうどいいだろう。

こちらはA110GTS。ボディカラーはブルーポンと呼ばれる72万円のオプション。
こちらはA110GTS。ボディカラーはブルーポンと呼ばれる72万円のオプション。    平井大介

そして252ps/32.6kg-mから300ps/34.6kg-mへとスペックが向上したエンジンは、同じルートで乗り比べると明らかに速く、標準モデルよりも1~2割増しといったイメージだ。車重は取材車のようにGTレースのホイールを履くモデルが1130kgとなるが、これでも十分に軽い。

取材車のボディカラーは標準モデルが『ブラン・イリゼM』と呼ばれる、A110らしいオーソドックスなものであったのに対し、GTSは『ブルーポン』と呼ばれる72万円のオプションだったのだが、グレーレザーとなるインテリアとの組み合わせが好みすぎて、現場で激しく震えた……。

トップモデルに恥じない俊敏性

そして最後は『A110R70』。キャッチコピーは『70イヤーズ・オブ・アジリティ』である。アルピーヌは今年で70周年となり、A110のトップモデルに恥じない俊敏性(アジリティ)を備えているということだろう。

基本的には以前発売されていたA110Rとモデル構成は同じで、各種エアロパーツなどが特徴。何とホイールはカーボン製だ。シートベルトは4点式とデイリーユースは厳しいが、ダンパーのデキがいいのか、むしろ足まわりはGTSよりもしなやかに感じるほどで、見た目から想像するほどスパルタンではない。

試乗車のA110R70は、グリアシエマットと呼ばれる珍しいグレーマットカラー。
試乗車のA110R70は、グリアシエマットと呼ばれる珍しいグレーマットカラー。    平井大介

これまた同じルートを走ってみると、以前乗ったA110Rと同様に安定感は抜群だった。コーナリングは路面に吸い付くように感じるほどで、ステアリングを握っていて安心感すら覚える。車重は1090kgと3台中最も軽量で、実に100万円のオプションとなるアクラポビッチのチタンエキゾーストは、確実にレーシーなサウンドを奏でる。

取材車のボディカラーは『グリアシエマット』と呼ばれる、珍しいグレーのマット。ブルーアルカンターラとなり内装との組み合わせがよすぎて、そのセンスに舌を巻いた。

ガソリンエンジンでは二度と誕生しない

アルピーヌでフランスのアルプス山脈を走ることは、個人的な夢のひとつだった。事実、製作を担当したアルピーヌのワンメイクムックの中で記事化もしたが、コロナ禍で取材同行することは叶わなかった。だから今回の試乗は、その疑似体験とも言えるものだ。

正直、撮影中に冠雪した山々を見てフランスに思いを馳せているうちに、感慨深すぎて涙が出そうになってしまった。アルピーヌA110のような『純粋な』スポーツカーは、少なくともガソリンエンジンでは、二度と誕生しないだろうと。そう思うと、寂しく、切なく、そしてやはり寂しい。そこで頭に浮かんだのがこのフレーズだった。

今年で70周年となるアルピーヌ。来年からは新型A110で、次のタームに入る。
今年で70周年となるアルピーヌ。来年からは新型A110で、次のタームに入る。    平井大介

電動化前夜に生まれし奇跡のマシン。

そんなマシンをデビュー前から全てリアルタイムで取材できたことは、編集者として間違いなく大きな財産となった。この感触を忘れないまま、次の『夜明け』を待つことにしよう。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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