【ランボルギーニ・ミウラが誕生するまで】60年前に公開された伝説のシャシー!世界初のスーパーカーを予見した革新的メカニズム
公開 : 2026.01.03 07:05
当初は懐疑的だったフェルッチオ・ランボルギーニ
極めて革新的なグランツーリスモのボディを搭載するため、軽量かつコンパクトなシャシーとしてまず形にした。当初は懐疑的であったフェルッチオ・ランボルギーニも3人を信頼することにし、シャシーとエンジンから成る『P400』が、創造的自由と技術的なアバンギャルドを宣言するマニフェストとして、現実のものとなった。
1965年11月3日、350GTと350GTSと共に披露されたシャシーは、サテンブラックの塗装に、白のエキゾーストパイプ4本を備えていた。当時のメディアは、レースが可能な車両の骨格であると評し、技術的な構成の独創性に注目した。

モデナのマルケージが製造した骨組みは、軽量性と剛性を両立させるため、厚さ0.8ミリの鋼板を折り曲げ、穴あけ加工を施して仕上げられた。中央に配置されたタブは荷重支持部であると同時にサスペンションのマウント基部でもあり、補助的なフロントとリアのふたつのサブフレームが、機械部品、サスペンション、付属品を支えた。
総重量は120kg未満の、当時としては異例の軽さを誇った。技術的には、他に独立懸架ダブルウィッシュボーン式サスペンション、ガーリング製ディスクブレーキ、ボラーニ製ワイヤホイールが採用され、レーシングカー技術をロードカーへ導入するという前例のない取り組みとなった。
全く新しい駆動系アーキテクチャを生み出す
特徴的だったのは、エンジンとギアボックスをコンパクトに一体化してキャビンの後ろに搭載するという前例のない配置だ。これはパワートレインの搭載スペースを縮小し、全く新しい駆動系アーキテクチャを生み出すものでもあった。
ウェーバー製キャブレターに立ち上がる12本の吸気トランペットは技術的な注目を集めるだけでなく、極限まで推し進められたエンジニアリングコンセプトを視覚的にも強烈に主張していた。

シャシーのみの展示は観客とメディアを魅了し、ボディもエンジンも持たない、走行不能な展示用プロトタイプがモーターショーの注目を集めた。ランボルギーニのブースには、当時のイタリアの名だたるコーチビルダーが次々と訪れた。
ミウラのシャシーは、トリノでの一般公開に先立ち『ティグレ(Tigre)』というプロジェクト名のもと、ボディを取り付けていない状態でカロッツェリア・トゥーリングに披露された。
350GTと400GTを手掛けたトゥーリングはデザインを提案していたが、財政的な問題で将来的な協業は困難だった。ピニンファリーナは他のメーカー(筆者注:フェラーリのことだ)との契約があったためランボルギーニに参画することができず、最終的にチャンスをつかんだのは、ヌッチオ・ベルトーネだった。

























































