【ランボルギーニ・ミウラが誕生するまで】60年前に公開された伝説のシャシー!世界初のスーパーカーを予見した革新的メカニズム
公開 : 2026.01.03 07:05
「最後に来たコーチビルダーだ」
ベルトーネはモーターショーの閉幕近くになってプースを訪れた際に、フェルッチオに冗談交じりで、「最後に来たコーチビルダーだ」と迎えられたことが逸話として伝えられている。
ベルトーネはシャシーを入念に眺め、「この素晴らしい足(シャシー)に完璧な靴(ボディ)を仕立てよう」と返したとされる。このようなやりとりが実際にあったかは定かではないが、この逸話から両者が即座に意気投合したことは想像に難くない。

この出会いを受け、次のランボルギーニのボディワークをベルトーネに託すことが決まった。クリスマス休暇で工場が休業しているその頃、最初のスケッチがフェルッチオ、ダラーラ、スタンツァーニに届けられた。あまりにも革新的なラインに、すぐにプロジェクトとして承認されたそうだ。
1966年3月のジュネーブ・モーターショーでは、前年にトリノで披露されたP400のシャシーが最終形態となって現れ、伝説の『ミウラ』が誕生した。
2026年は記念すべき節目
それから60年後の2026年、ミウラは記念すべき節目を迎える。その源点は、サテンブラックの骨組みと4本の白のエキゾースト、キャブレター上に立ち上がる12本の吸気トランペット、そしてボディではなく、その下にある機構を世界に披露するという大胆な決断だ。これは、ランボルギーニが斬新なアイデアを形にし、時を超えて輝き統ける伝説への道を切り拓いた瞬間でもあった。
2026年、アウトモビリ・ランボルギーニは、ポロストリコ公式ツアーをはじめとする一年間の祝賀イベントを展開し、ミウラの誕生を称える。これはスタイルとパフォーマンスに新たな時代を切り拓き、スーパースポーツカーの世界を変えたミウラへの敬意を込めた祝祭だ。

ミウラは、当時の英国のジャーナリストが『スーパーカー』という言葉を創り出すほど革新的な存在だった。

























































