ダットサン『Z』も発掘 1万台の廃車から見つけた貴重なクラシックカー 39選(中編) ジャンクヤード探訪記
公開 : 2026.02.15 11:25
米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、推定1万台を保管しているカリフォルニア州のヤードを探索し、クラシックなアメ車、日本車、欧州車を発掘しました。
もくじ
ーダットサン260Z(1974年)
ー日産280ZX
ーフォード・マスタング(1967年)
ーシボレー・ノヴァ(1976年)
ーボルボ・アマゾン
ージャガーXJシリーズ3
ースチュードベーカー・コマンダー(1947年)
ーパッカード(1949年)
ーインペリアル(1959年)
ーデソート・カスタム・スポーツマン(1950年)
ーメルセデス・ベンツW114 250
ーフォード(1947年)
ーシボレー・コルベット(1988年)
ダットサン260Z(1974年)
少々荒れてはいるものの、ダットサン/日産のZ専用のコーナーを発見した。この1974年式260Zもそこにあった。ZはMGの直接的な競合車であり、最高速度、加速性能、外観がはるかに優れていたため、すぐにMGの販売台数を上回った。
実際、Zは米国における日本車のイメージ向上に大きく貢献した。

日産280ZX
この日産280ZXは火災でひどく損傷しているが、まだ非常に有用な部品が残っている。280ZXは完全に新設計で、280Zから引き継がれたのは6気筒エンジンとその他の駆動系部品だけだった。
当時はブランド再構築の最中で、この個体には「Datsun by Nissan」のバッジが装着されていたはずだ。

フォード・マスタング(1967年)
初代マスタングは飛ぶように売れた。1965年には約55万9500台販売され、翌年には史上最高の60万7568台(稼働日当たり2250台という驚異的なペース)に達した。しかし、この個体が工場から出荷された1967年にはブームは下火となっており、年間販売台数は22%減の47万2121台に落ち込んだ。需要は1974年に2代目が登場するまで減少し続けた。
ちなみに、これまでで最も売れていないマスタングは6代目だ。2015年から2023年までの販売台数はわずか66万2952台だった。

シボレー・ノヴァ(1976年)
この1976年式シボレー・ノヴァはひどく歪んでしまっているが、1970年代当時、ハッチバックはまだ珍しかった。シトロエンは1938年の11CVコマーシャルで世界初のハッチバックを開発したと謳っているが、ハッチバックを大衆に広めたのは1965年のルノー16である。

ボルボ・アマゾン
1950年代半ば、スウェーデンの自動車メーカー、ボルボは収益性の高い米国市場に目を向けた。ロサンゼルス港に最初に上陸したクルマはPV444だった。当初は販売が伸び悩んだが、1960年までに約5万台が販売された。しかし、本格的に売れるようになったのは後継車のアマゾン(ここに見られるのは2ドア・セダン仕様)だった。現在ではボルボは米国で年間10万台以上を売り上げている。

ジャガーXJシリーズ3
シリーズ3のジャガーXJは腐食に悩まされた。特にソルトベルトと呼ばれる地域では、冬期に散布される凍結防止剤が車体下部を酷く傷めた。だが、この個体のサイドシルを見てほしい。工場出荷時とほぼ変わらない状態だ。
これはもちろん、ジャガーの製造品質よりもカリフォルニアの気候による影響が大きい。カリフォルニア州フレズノの年間平均晴れ日数は300日、降水量は11.5インチ(約292mm、全米平均は38インチ=965mm)だ。











































