ダットサン『Z』も発掘 1万台の廃車から見つけた貴重なクラシックカー 39選(中編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2026.02.15 11:25

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、推定1万台を保管しているカリフォルニア州のヤードを探索し、クラシックなアメ車、日本車、欧州車を発掘しました。

ダットサン260Z(1974年)

少々荒れてはいるものの、ダットサン/日産のZ専用のコーナーを発見した。この1974年式260Zもそこにあった。ZはMGの直接的な競合車であり、最高速度、加速性能、外観がはるかに優れていたため、すぐにMGの販売台数を上回った。

実際、Zは米国における日本車のイメージ向上に大きく貢献した。

ダットサン260Z(1974年)
ダットサン260Z(1974年)

日産280ZX

この日産280ZXは火災でひどく損傷しているが、まだ非常に有用な部品が残っている。280ZXは完全に新設計で、280Zから引き継がれたのは6気筒エンジンとその他の駆動系部品だけだった。

当時はブランド再構築の最中で、この個体には「Datsun by Nissan」のバッジが装着されていたはずだ。

日産280ZX
日産280ZX

フォードマスタング(1967年)

初代マスタングは飛ぶように売れた。1965年には約55万9500台販売され、翌年には史上最高の60万7568台(稼働日当たり2250台という驚異的なペース)に達した。しかし、この個体が工場から出荷された1967年にはブームは下火となっており、年間販売台数は22%減の47万2121台に落ち込んだ。需要は1974年に2代目が登場するまで減少し続けた。

ちなみに、これまでで最も売れていないマスタングは6代目だ。2015年から2023年までの販売台数はわずか66万2952台だった。

フォード・マスタング(1967年)
フォード・マスタング(1967年)

シボレー・ノヴァ(1976年)

この1976年式シボレー・ノヴァはひどく歪んでしまっているが、1970年代当時、ハッチバックはまだ珍しかった。シトロエンは1938年の11CVコマーシャルで世界初のハッチバックを開発したと謳っているが、ハッチバックを大衆に広めたのは1965年のルノー16である。

シボレー・ノヴァ(1976年)
シボレー・ノヴァ(1976年)

ボルボ・アマゾン

1950年代半ば、スウェーデンの自動車メーカー、ボルボは収益性の高い米国市場に目を向けた。ロサンゼルス港に最初に上陸したクルマはPV444だった。当初は販売が伸び悩んだが、1960年までに約5万台が販売された。しかし、本格的に売れるようになったのは後継車のアマゾン(ここに見られるのは2ドア・セダン仕様)だった。現在ではボルボは米国で年間10万台以上を売り上げている。

ボルボ・アマゾン
ボルボ・アマゾン

ジャガーXJシリーズ3

シリーズ3のジャガーXJは腐食に悩まされた。特にソルトベルトと呼ばれる地域では、冬期に散布される凍結防止剤が車体下部を酷く傷めた。だが、この個体のサイドシルを見てほしい。工場出荷時とほぼ変わらない状態だ。

これはもちろん、ジャガーの製造品質よりもカリフォルニアの気候による影響が大きい。カリフォルニア州フレズノの年間平均晴れ日数は300日、降水量は11.5インチ(約292mm、全米平均は38インチ=965mm)だ。

ジャガーXJシリーズ3
ジャガーXJシリーズ3

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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