日産のヘリテージ事業はニスモが担当! GT-Rを中心にレースで培ったノウハウを活かす #ノスタルジック2デイズ2026

公開 : 2026.02.25 07:25

2月21~22日にパシフィコ横浜で開催された日本最大級クラシックモーターショー、『ノスタルジック2デイズ2026』。ここでは日産のヘリテージ事業に対する取り組みについて、篠原政明がレポートします。

ヘリテージパーツ製作やレストア作業も手がける

2月21~22日、パシフィコ横浜で開催された『ノスタルジック2デイズ2026』には、何社かの国産メーカーも出展。いずれも単に懐かしの名車を展示するのではなく、ヘリテージ事業に関して紹介していた。今回は、日産のヘリテージ事業について紹介しよう。

日産では、ヘリテージ事業はニスモが手がけている。クルマ好きならご存知のように、現在ニスモは日産の子会社である『日産モータースポーツ&カスタマイズ』のモータースポーツ事業部となっている。モータースポーツ活動やコンプリートカーの製作などが事業の中心だが、旧型車用ヘリテージパーツの製作やレストア作業といったヘリテージ事業も手がけている。

『ノスタルジック2デイズ2026』の日産(ニスモ)ブース。
『ノスタルジック2デイズ2026』の日産(ニスモ)ブース。    山田真人

今回のノスタルジック2デイズにおいて、ニスモのブースでは、コンプリートカーのR34GT-R Zチューンや、DOHCヘッドを搭載したS30フェアレディZなどが目を引いたが、さらにスカイラインGT-R(R32/R33/R34)用のヘリテージパーツなども展示された。

そこで、日産モータースポーツ&カスタマイズモータースポーツ事業所モータースポーツ・マーケティング&セールス部企画・営業グループの碓氷公樹主管に話を伺った。

今のところ対応車種は第2世代GT-Rのみ

ニスモがヘリテージ事業を始めたのは2015年から。欠品しているR32GT-R用パーツの一部を復刻したいと日産本社に相談したところ、「どうせなら、もっとやろう!」ということになったという。日産のアフターセールス/開発/購買/物流など、さまざまな部門とプロジェクトを組んで進め、2017年のニスモ・フェスティバルでパーツの復刻、発売が発表された。

復刻するパーツに関しては、サードパーティが販売しているホイールやサスペンション、マフラーといったパーツはそちらに任せ(一部ニスモで復刻したものもあり)、メーカーでなければできないハーネスや配管類から、エンジンのブロックやクランクシャフトといったものが中心となっている。

DOHCヘッドを搭載したS30型フェアレディZを展示。
DOHCヘッドを搭載したS30型フェアレディZを展示。    山田真人

今のところ対応車種は、第2世代GT-Rと呼ばれるR32/R33/R34のみ。ニスモはGT-Rでレースを行ってきたから、これらのクルマに関してはノウハウがあるということも強みだ。

同じ日産のスポーツカーでも、フェアレディZは北米がメインマーケットで、北米ではさまざまなパーツも販売されている。しかもこれらは日本でも手に入れることが可能なものが多いから、今のところはニスモで対応する予定はないという。

また、シルビアやパルサーといったスポーティモデルのユーザーからもパーツ復刻を要望する声があるそうだが、ニスモとしてはなかなか手は広げられないし、パーツの復刻にはそれなりのコストもかかるため、現実的には難しいようだ。

記事に関わった人々

  • 執筆

    篠原政明

    Masaaki Shinohara

    1958年生まれ。某自動車雑誌出版社をめでたく? 卒業し、フリーランスのライター&エディターに。この業界に永くいるおかげで、現在は消滅したものを含めて、日本に導入されている全ブランドのクルマに乗ってきた……はず。クルマ以外の乗りものもけっこう好きで、飛行機や鉄道、さらには軍事モノにも興味があるらしい。RJC会員。
  • 撮影

    山田真人

    Makoto Yamada

    1973年生まれ。アウトドア雑誌編集部からフリーランスカメラマンに転身。小学5年生の時に鉄道写真を撮りに初めての一人旅に出たのがきっかけで、今だにさすらいの旅をするように。無人島から海外リゾート、子どもからメガヨットと幅広い撮影ジャンルを持つ。好きな被写体は動くものと夕陽。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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