ランボルギーニのトップが初めて吐露した弱音(前編) リーマンショックもコロナ禍も乗り越えて【不定期連載:大谷達也のどこにも書いていない話 #5】

公開 : 2026.04.18 12:05

長きにわたって成功を謳歌してきた秘密

では、ランボルギーニがこれほどまで長きにわたって成功を謳歌してきた秘密はどこにあるのか? 2005年に会長兼CEOに就任して以降、アウディ・スポーツとブガッティのトップを務めた4年間を除き、16年間にわたりブランドを率いてきたヴィンケルマンに訊ねた。

「ひとつは新製品を開発するための投資を惜しまないこと。さらには供給が不足している製品はないかを常に確認しながら、販売した製品の残存価値を継続的にチェックするとともに、顧客が期待するテクノロジーをいち早く採り入れつつ、市場の動向に注視する。こうしたことが安定した成長には欠かせないと考えます」

日本におけるランボルギーニは、北米、ドイツに続く第3のマーケットに成長した。
日本におけるランボルギーニは、北米、ドイツに続く第3のマーケットに成長した。    ランボルギーニ

もうひとつ重要なのが、各地域のセールスをいかにバランスさせるかにあるとヴィンケルマンは語る。

「ヨーロッパのマーケットは堅調です。日本は、北米、ドイツに続く第3のマーケットに成長しました。これも非常に重要なことです。最大の市場であるアメリカ、そしてヨーロッパ、アジア・パシフィックに重要な市場を形成し、各地域のバランスを保つこと。これも安定的な成長には欠かせません」

リーマンショックやコロナ渦といった経済危機に対処し、その影響を最小限に留めることも経営陣の重要な役割だと訴えた。

「コロナ禍後に起きた、世界的なロジスティックの混乱にもうまく対処しました。また、ウクライナに侵攻したロシアに対しては輸出を停止しています。近年、中国ではラグジュアリー市場が冷え込んでいますが、その影響もなんとか乗りきったといえます。

現在、私たちが直面しているのはアメリカ合衆国の関税問題で、この影響により売り上げと利益が縮小しています。アメリカは私たちにとって世界最大の市場なので、この影響は見逃せません」

*ランボルギーニのトップが初めて吐露した弱音(後編)へと続きます。

記事に関わった人々

  • 執筆

    大谷達也

    Tatsuya Otani

    1961年生まれ。大学で工学を学んだのち、順調に電機メーカーの研究所に勤務するも、明確に説明できない理由により、某月刊自動車雑誌の編集部員へと転身。そこで20年を過ごした後、またもや明確に説明できない理由により退職し、フリーランスとなる。それから早10数年、いまも路頭に迷わずに済んでいるのは、慈悲深い関係者の皆さまの思し召しであると感謝の毎日を過ごしている。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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