かつてはハリウッド・セレブ御用達 デュアル・ギア(1) 量産見送ったクライスラーと試作車救ったトラックメーカー
公開 : 2026.07.25 17:45
天才的な才能を持っていた技術者のファラゴ
「あらゆる機械的な工作作業で、天才的な才能を持っていました。フェラーリを分解し、より優れた状態で組み上げることもできたほど」と、エクスナーの息子、ヴァージル・エクスナー・ジュニア氏はファラゴに対して回想している。
だが1955年のスイスで発表された試作車、デュアル・モーターズ・ファイアボムは、ギア社が単独で製作していた。大きなトランクを得ていたものの、評判は優れなかった。

ファラゴの意見によると、全幅が狭すぎて走りは安定せず、ドアも閉まりにくかったらしい。そこで、カサロールは彼をデュアル・モーターズの副社長へ任命。問題を解決するため、イタリアへ派遣した。
ギア社の技術者と協力したファラゴは、全幅を広げ安定性を向上。1955年式ダッジのフロントガラスを利用できるようボディも改良し、金型へ必要な予算を削り、北米の安全基準への対応も容易にした。サイドシルは再設計され、ボディ剛性が高められた。
ボンネット内に収まった233psの5.2L V8
クロームメッキのバンパーは、既存品を加工して利用。リアフェンダーには、当時流行りだったテールフィンが追加されたが、これはカサロールの強い要望だったという。
ボンネット内に収まったのは、ダッジから届けられた5.2L V8エンジン。最高出力は標準では233psだったが、263psの高性能なD-500仕様も設定され、約半数はこちらが選ばれている。

トランスミッションは、クライスラーの2速ATのみ。パーキングを選ばずにエンジンを始動できるクライスラーの設計は、後に問題視されたが。
この続きは、デュアル・ギア(2)にて。























































































































