【石油王が求めた贅沢】メルセデス・ベンツ600 グラスルーフに広がる欲望 後編

公開 : 2020.02.08 16:50

石油王として大富豪であり、プレイボーイだったオスマン帝国時代に生まれたヌバル・サルキス・グルベンキアン。彼を遮るものは一切なかったといって良いでしょう。それは愛車としたメルセデス・ベンツW100を見てもわかります。

もくじ

新開発の6.3L V8エンジンを搭載
2600kgの車重を裏切る運動神経
真の巨像だといえるW100
メルセデス・ベンツ600(1963年〜1981年)のスペック

新開発の6.3L V8エンジンを搭載

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
photo:Olgun Kordal(オルガン・コーダル)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

リアのベンチシートに深く腰掛けて、透明な天井が与えてくれる特別な感覚は、言葉にできない。ナイル川を穏やかに下る、豪華な遊覧船の最後尾でくつろいでいるかのようだ。サン・トロペやモンテカルロの夜道を走る車内は、魔法にかかったように特別な空間だったろう。

グルベンキアンは、メルセデス・ベンツの豪奢な車内だけでなく、同じくらい秀でた走行性能にも惹かれた。600の前任、300d「アデナウアー」が積んでいた直列6気筒エンジンは、50%も増えたグロッサーの車重を扱いきれなかった。

メルセデス・ベンツ600リムジーネ
メルセデス・ベンツ600リムジーネ

そこでエンジニアは、新しい6332ccのV型8気筒エンジンを開発。シングル・オーバーヘッド・カムと機械式のインジェクションを採用。最高出力は250psに到達した。

パワーアップしたエンジンだが、150barの高圧力を要する複雑な油圧システムに、50psは奪われていた。すべてのシートの調整に窓の上げ下げ、トランクリッドの開閉も、油圧でまかなっている。

残った馬力で重量級のメルセデス・ベンツを走らせたが、0-96km/h加速に要する時間は10秒以下。最高速度は204km/hに届いた。

乗員の快適性を最優先されているメルセデス・ベンツ600。近年のメルセデス製V8と異なり、エグゾーストノートは可能な限り消され、車内にはほとんど響いてこない。

4速ATはコラムシフト。ドライブに入れると、穏やかな機械音を発する。ブレーキペダルを離すと、メルセデス・ベンツは柔らかくボディを進め始めた。

2600kgの車重を裏切る運動神経

6ドアを持つ、長大な600プルマンと比べると、グルベンキアンが手にした600リムジーネは、ショート・ホイールベースで扱いやすい。フロントシートの着座位置は高く、前方に広がる道路が見渡せる。現代基準で考えると、運転席は狭い部類に入るだろう。

複雑なエアサスペンションを採用し、フロントがダブルウイッシュボーン式でリアはスイングアスクル式。ポルトガルの路面は轍や剥がれも多く、少々荒れていたが、世界水準のスムーズな快適性を叶えている。

メルセデス・ベンツ600リムジーネ
メルセデス・ベンツ600リムジーネ

ペースを速めると更に流麗になる。ボディロールを可能な限り抑えつつ、できるだけ高いグリップ力へつなげてくれる。2600kgの車重から期待する以上の運動神経だ。

メルセデス・ベンツが漂わせる、穏やかな空気感とお別れするには、オルガンタイプのアクセルペダルを知的に踏み込む必要がある。少し気を緩めると、リアタイヤはすぐにトラクションを失う。空回りする大きなV8エンジンがドライバーをからかうように、大きな唸り声を上げる。

グルベンキアンの指定で追加された装備類で車重は更に増え、慣性も大きい。それでも600リムジーネは威厳を証明するかのように力強く進む。傷んだ舗装を滑らかにこなし、体格からは想像できない落ち着きでコーナーを曲がっていく。

まるでドライバーズカーのように、意外なほど運転を楽しめるメルセデス・ベンツ600リムジーネ。リアシートの体験としても、素晴らしいことは間違いない。

オーナーは、リアシートに身を委ねてシャンパングラスを手にしていたはず。フレッシュなレザーの香りとタバコの煙を楽しみながら。

 
最新試乗記