【失われたアイデア工場の内側】ヴォグゾールのデザインスタジオへ潜入 前編

公開 : 2020.07.04 07:20  更新 : 2020.12.08 11:04

オペルの英国版ブランド、ヴォグゾール。1960年代、デザイン部門は黄金期と呼べる時期を迎えました。アイデア工場と呼べた場所は、2019年に完全閉鎖。内部に残されていたコンセプトモデルと合わせて、ご紹介しましょう。

もくじ

ヴォグゾール独自のデザインセンター
量産レベルのオリジナルモデルが製作可能
2000名のデザイナーと技術者が集う
広い塀で覆われた巨大な屋外の展示エリア

ヴォグゾール独自のデザインセンター

text:Steve Cropley(スティーブ・クロップリー)
photo:Will Williams(ウィル・ウイリアムズ)/Vauxhall(ヴォグゾール)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
2019年5月、オペルの英国版ブランド、ヴォグゾール・モータースの本社が、英国ルーイトン郊外のグリフィン・ハウスから移転した。半世紀以上にも渡って、数多くのモデルを開発してきた場所だ。

本社機能は移転したが、数多くの遺品が残されていた。1960年代から1970年代にかけては、生産性と技術力に優れたデザインスタジオがあった場所。多くの作品が、良好な状態で保管されていた。

ジョン・ヘファーナンとヴォグゾール・ヴィクターFE
ジョン・ヘファーナンとヴォグゾール・ヴィクターFE

もともとは、新しいクルマを生み出すためだけに作られた、英国でも由緒ある建築物。1964年には、ヴォグゾール・エンジニアリング&スタイリング・センターと名付けられた。社内ではAJブロックと呼ばれていたらしい。

ここは建築当初、新モデルを生み出すことだけを目的としていた。117年間に及ぶヴォグゾールの歴史の中でも、特に多様な作品を生み出し、華やかな時期を創生した場所だ。

ヨーロッパ各地から、才能あふれるデザイナーを招聘。主要市場のマーケティング要件に縛られることなく、エキゾチックなデザインテーマに挑戦する環境が整えられていた。

グリフィン・ハウスからの移転を把握した英国編集部は、建物を管理する新しいオーナー企業へ連絡をとった。交渉の末、最後を惜しむ訪問が許された。

一緒に向かったのは、グリフィン・ハウスでキャリアを築き上げた、自動車デザイナー。最も印象に残っているコンセプトモデルや、当時のエピソードも紹介してもらうことができた。

量産レベルのオリジナルモデルが製作可能

訪れたのは2019年の終わり。元デザイナーのピーター・バートホイッスルと、ケン・グリーンリー、ジョン・ヘファーナンの3名とともに、想像性と創造性に満ち溢れた空間へ別れを告げた。

3名それぞれ、ヴォグゾールの象徴的なモデルを心に深く刻んでいる人物だ。この記憶は永遠に残るだろう。

 ヴォグゾール・エンジニアリング&スタイリング・センターの様子
ヴォグゾール・エンジニアリング&スタイリング・センターの様子

グリフィン・ハウスのヴォグゾール・エンジニアリング&スタイリング・センターは、ゼネラル・モーターズ(GM)が世界各国、5カ所に設けた独立した自動車デザインセンターの1つ。オリジナルモデルを生み出すことが可能な施設だった。

ヴォグゾールでスタイリング・ディレクターを務めていたデイビッドBジョーンは、この場所で、紙に描かれたデザインを、量産できる段階にまで仕上げられると話していた。デザイナーのアイデアを、エンジニアが具現化。それが何度も繰り返されたという。

今日では、複数ブランドにまたがるコンポーネントを共有し、収益性を高めることが前提の自動車開発。信じられない自由度だ。1960年代のGMの考えは、同等の開発機能を持つ拠点を各エリアへ整え、市場に合わせたモデルを独自に生み出すというものだった。

グリフィン・ハウスの開発センターで、全盛期と呼べた期間は1963年から1970年代後半。GMの経営陣がオペルとヴォグゾールでモデルを共有し、エンブレムを付け替えることでコスト削減につながると、考えを改めるまで。結果、多くのユーザーから不満が溢れたのだが。

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