ウェッジシェイプの隠れた先駆者 ボンド・バグ 700ES(1) 誕生は半世紀前でも未来のクルマ?

公開 : 2025.07.27 17:45

リライアントの技術を展開した3輪車

グレートブリテン島中西部、プレストンに拠点を置いたボンド社と、中部のタムワースに構えていたリライアント社が統合したのは、1969年2月。新たなオーナーの事業基盤へなじまず、ボンドは1968年に売却されたのだった。

その後、リライアント・グループが誕生。それまでボンドが提供していた3輪自動車、875の生産は終了し、リライアントの技術を展開したバグが発表される。旧ボンドの工場は1970年7月に閉鎖され、タムワースの工場でバグは生産された。

ボンド・バグ 700ES(1970年~1973年/英国仕様)
ボンド・バグ 700ES(1970年~1973年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

デザインしたのは、工業デザイナーのトム・カレン氏。ロンドンの美術学校を卒業すると、フォードへ入社。フィリップスなどの家電メーカーで手腕を発揮するが、1962年からはデイビッド・オグル氏が創業した、オグル・デザインを率いている。

テーマは極めてシンプルなボディを作ること

カレンが、晩年に書き残している。「1962年にデイビッドさんが交通事故で亡くなり、オグル・デザインへ加わりました。翌年から、リライアントでシミター・クーペの開発へ参画。2シーターで3輪の、スポーツカーの製作を提案したんです」

「当初は興味を示してもらえませんでしたが、ボンドの買収で運命は変わりました。スポーティーな2シーターを作るため、リライアント・ロビンのシャシーを短縮した仕様の開発が任されました」

ボンド・バグ 700ES(1970年~1973年/英国仕様)
ボンド・バグ 700ES(1970年~1973年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

「自ら決めたテーマは、極めてシンプルなボディを作ること。また、ボディパネルの数を可能な限り少なくし、アンダーカットなしで成形型から取り外せること。フラットなフロントガラスと、シングルドアにすることでした」

試作車はローグと命名。オグル・デザインの、プロジェクトへかける熱意が現れていた。

この続きは、ボンド・バグ 700ES(2)にて。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・チャールズワース

    Simon Charlesworth

    英国編集部
  • 撮影

    ジャック・ハリソン

    JACK HARRISON

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

ボンド・バグ 700ESの前後関係

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