エドセル・コルセア(1959年)

フレンチレイク・オートパーツのフォードのコーナーには、複数のエドセルが並んでいる。この1959年式コルセア4ドア・セダンもその1つで、同年販売されたわずか3695台のうちの1台だ。1959年はエドセルにとって設立2年目にして、その歴史に幕を閉じる最終年でもあった。総販売台数は1958年の6万8045台から大幅に減少し、4万7396台となった。モデルラインナップも18種類から10種類に縮小され、ブランドの衰退を顕著に表していた。

エドセル・コルセア(1959年)
エドセル・コルセア(1959年)

MG MGB(1970年)

この1970年式MG MGBのレストアは難しい状態かもしれないが、貴重な部品の宝庫となっている。象徴的なスチールバンパーは、1974年以前のモデルであることを示している。ハードトップもぜひ保存しておきたいものだ。

MGは現在も存在するが、もはや名ばかりだ。ブランドは現在、SAIC(上海汽車)が所有し、主に輸出市場向けに中国で生産されている。

MG MGB(1970年)
MG MGB(1970年)

フォード(1949年)

1949年のフォードは戦後初の完全新設計であるだけでなく、戦後に登場したビッグスリー初の新型車でもあった。1948年6月に発表され、シボレーより半年、プリムスより9か月早く市場投入された。ヘンリー・フォードとその唯一の息子エドセルの死後に設計されたこのモデルは、洗練されたモダンなデザインで、会社の新たな出発を象徴していた。

ずんぐりとした流線型のフォルムから「シューボックス」フォードとして知られ、このデザインは3年間続いた。写真では、1950年モデルと1951年モデルが隣に並んでいる。

フォード(1949年)
フォード(1949年)

ビュイック・スーパー(1949年)

理由不明ながら、誰かがこの錆びた1949年式ビュイック・スーパーを、腐食が進行しているにもかかわらず新たにオールペイントした。ホワイトウォールタイヤを装着し、ホイールまで塗装している。だが、なぜ修復不可能なクルマをわざわざ塗装し直したのだろうか? もしかしたら、レストランやアンティークショップなどで飾りとして使われていたのかもしれない。

ビュイック・スーパー(1949年)
ビュイック・スーパー(1949年)

キャデラック・ドゥビル(1965年)

1965年に生産された18万2425台のキャデラックのうち、このコンバーチブル仕様はわずか1万9200台しかない。廃車置き場で見つかるのは比較的珍しいことだ。ソフトトップがまだ残っているコンバーチブルはなお珍しく、これは車内が風雨からよく守られていたことを示している。

残念ながら助手席ドアのガラスが欠けているため、その保護は損なわれ、内装の一部がミネソタの厳しい天候に晒されている。7.0L V8エンジンはとっくに別の所有者の手に渡っている。

キャデラック・ドゥビル(1965年)
キャデラック・ドゥビル(1965年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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