解体間近の希少なクラシックカー 40選(前編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2025.09.21 11:05

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、廃業のため解体が間近に迫った1940~1970年代のクラシックカーを紹介します。滅多に見られない超レア車も。

閉鎖直前のヤードで見つけた魅力的な廃車

500台を優に超えるクラシックな乗用車とトラックが並ぶニューメキシコ州ロズウェルの『A-1オートサルベージ(A-1 Auto Salvage)』は、わたし達取材班がこれまで訪問した中で最高のジャンクヤードの1つだった。

しかし悲しいことに、二度と訪れることはない。わたし達が訪れた数年後、ここのオーナーが土地の用途変更を決めたため廃業したのだ。だが、オーナーは(こうしたケースでよくあるように)在庫をすべて解体処分するのではなく、最低落札価格なしのオークションを開催。買い手がつかなかった車両は、最終的に破砕機へ送られた。

米国の巨大ジャンクヤードで見つけた珍しい廃車を紹介していく。画像は1940年代のレオ・スピードワゴン(後編で紹介)。
米国の巨大ジャンクヤードで見つけた珍しい廃車を紹介していく。画像は1940年代のレオ・スピードワゴン(後編で紹介)。

残念ながら、ここで紹介する車両が今も生き残っているかどうかは知る由もない。

ダイヤモンドT(1940年代)

A-1オートサルベージに到着したわたし達を出迎えたのは、うっとりするような光景だった。この2台は両方ともダイヤモンドTのトラックで、見学中ずっと同行してくれた従業員によれば、左側の1940年代後半の車両は地元で有名な画家ピーター・ハード氏のものだったそうだ。

ニューメキシコの人々と風景を題材に数多くの作品を残したハード氏は、1904年にロズウェルで生まれ、80歳でこの地で亡くなった。シカゴに本拠を置くダイヤモンドTは1905年から1967年まで操業していた。

ダイヤモンドT(1940年代)
ダイヤモンドT(1940年代)

ヴィンテージ車両も数多く保管

20エーカーの敷地内の光景も同様に魅力的だった。在庫車は1930年代から1990年代まで幅広いが、圧倒的に多かったのが1950年代と1960年代に生産されたものだ。この写真の、山積みになったクルマの一番上に鎮座する珍しいクロスレイにご注目。同社は1939年から1952年にかけて、この小型車を8万4000台販売した。

今回訪問したA-1オートサルベージでは、ヴィンテージ品も数多く取り扱っていた。
今回訪問したA-1オートサルベージでは、ヴィンテージ品も数多く取り扱っていた。

シボレー(1941年)

ニューメキシコ州ロズウェルのA-1サルベージは1941年に設立された。偶然にも、このシボレーが生産ラインから出荷されたのも同じ年だ。これは、未確認飛行物体が近くの牧場に墜落したとされるロズウェル事件の6年前のことである。この事件は75年にわたる陰謀論を呼び起こし、ロズウェルの名を世界に知らしめ、町は観光地として一躍有名になった。

シボレー(1941年)
シボレー(1941年)

フォード(1947年)

ガイドによれば、この1947年製フォードは暗闇で光るそうだ。いきなり何の話かと思えば、この車両の元オーナーは原子力委員会だというのだ。確かに、ドアに描かれた文字がかろうじて読み取れる。原子力委員会は第二次世界大戦後に設立された政府機関で、平時の原子力科学技術開発を統括していた。写真右下、木の幹に埋め込まれたクロームのオーバーライダーに注目されたし。

フォード(1947年)
フォード(1947年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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