【現役デザイナーの眼:フェラーリ849テスタロッサ】全体として一体感に欠けるも、レトロと現代性を融合させた新たな試み

公開 : 2025.09.25 12:05

現役プロダクトデザイナーの渕野健太郎が今回取り上げるのは、早くも日本上陸を果たした『フェラーリ849テスタロッサ』です。全体としての一体感に欠ける面もありますが、レトロと現代性を融合させた新たな試みは評価できるようです。

SF90との比較と849テスタロッサの位置づけ

フェラーリの新型モデル『849テスタロッサ』は、同じくV8ツインターボエンジンを搭載するPHEV『SF90ストラダーレ』の後継モデルとして発表されました。

SF90は完成度の高いデザインを持つミドシップスポーツカーでしたが、下位モデルである296GTBとパッケージが似通っており、デザインで差別化をしているものの、全体の印象は近いものがあったと思います。

フェラーリ849テスタロッサ(上)は、SF90ストラダーレの(下)の後継モデル。
フェラーリ849テスタロッサ(上)は、SF90ストラダーレの(下)の後継モデル。    フェラーリ

そこで新モデルでは『テスタロッサ』という伝統ある名前を復活させ、より『特別な存在感』を演出することを目的としたデザインをしてきたと感じました。

ただSF90とサイドビューを比較すると、全体のシルエットやキャビン周りの基本構成など意外なほど共通点が多く見受けられ、中身の多くを共有している可能性が高いと推測されます。

ですのでデザイナーに出来ることは限られるのですが、現代的でダイナミックな印象を持っていたSF90のデザインに対して、849テスタロッサは一転して、レトロモダンを強く意識した仕立てになっている点が特徴的です。

過去の名車からインスピレーション

近年のフェラーリは、過去の名車からインスピレーションを受けたようなデザイン処理を多く採用していますが、それは今回の849テスタロッサも同様です。

例えば、フロントまわりのプランビュー(上から見た図)では、SF90がフェラーリのエンブレム付近を頂点に矢印状に後退角をつけたシルエットをしていたのに対し、849テスタロッサでは真っ直ぐに近いラインを描いています。

フロントまわりを上から見ると、真っ直ぐに近いラインを描いている。
フロントまわりを上から見ると、真っ直ぐに近いラインを描いている。    フェラーリ・ジャパン

現代のほとんどのクルマはオーバーハングの軽さや勢い、または歩行者保護を考慮し、SF90のように後退角を持つ形状が一般的なんですね。ですので、今回のスクエアなフロントデザインは非常に印象的であり、個人的にはテスタロッサというより往年の『BB』もしくは『308GTB』などを彷彿とさせる雰囲気を感じました。

低くフラットなノーズから山なりに動くフロントフェンダーのシルエット、またシンプルで幾何学的なヘッドライトグラフィックなど、1970年代後半から1980年代前半的な要素が随所に見られます。さらに、カナード状のパーツや大型チンスポイラーは空力性能を重視しつつも、クラシックなレーシングカーを思わせるユニークな表現です。

サイドからリアにかけての最大の特徴

サイドからリアにかけての最大の特徴はリアタイヤまわりの造形だと思いましたが、初見では何故タイヤ上に大きなボリュームを与えているのかが不思議でした。

通常、前後タイヤの直上はできるだけ軽く見せるのがカーデザインのセオリーで、そうすることでタイヤが強調され軽快感やスポーティさが生まれます。スーパースポーツならなおさら軽さを意識するはずですが、849テスタロッサはエアインテークから繋がる大きなボックスを配置しているんです。

初見では何故タイヤ上に大きなボリュームを与えているのかが不思議だった。
初見では何故タイヤ上に大きなボリュームを与えているのかが不思議だった。    フェラーリ・ジャパン

発表会での説明によると、これは1970年代に活躍したレーシングカー『512S』、『512M』から着想を得たとのこと。確かにこの2車は、エアインテークの盛り上がりをそのままリアまで流したデザインがレーシングカーとしての機能美にあふれ、非常に魅力的でした。

ただし、タイヤとの関係を断ち切ったこの手法を現代の市販車に持ち込むのは大きな挑戦です。そこで849テスタロッサでは、リアの造形を車幅いっぱいに広げず、その代わりリアアーチにカーボン製の小さなフェンダーを追加するなどして軽く見せる工夫が施されています。

さらに、前から後ろまで一直線に通されたキャラクターラインがリアのボリュームを分割し、全体の軽快さを高めた処理でバランスを取っているなど、様々な手法が見て取れますね。

記事に関わった人々

  • 執筆

    渕野健太郎

    Kentaro Fuchino

    プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間に様々な車をデザインする中で、車と社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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