最もバッジエンジニアリングされたクルマ 36選(後編) 兄弟車はついに「2桁」へ
公開 : 2025.11.01 11:45
BMCファリーナ(1959年) – 6車種
ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)は1952年、オースチンとモーリスの合併により設立された。同社はMG、ライレー、ウーズレーのブランドも所有しており、バッジエンジニアリングは即座に始まった。1959年に登場した大型セダンのファリーナは、その頂点と言える。ファリーナは、オースチン・ケンブリッジ、モーリス・オックスフォード(写真)、ライレー4/68、ウーズレー15/60、MGマグネットと、あらゆる形態で販売された。さらに6気筒モデルにはバンデン・プラ版も存在する。

BMC ADO16(1962年) – 6車種
BMCは1960年代も小型車の開発を続けた。各ブランドに独自のモデルラインナップを持たせることは不可能だったため、結果的にバッジエンジニアリングを繰り返すことになった。そのため、1100と1300には、オースチン、モーリス、ウーズレー、ライレー、バンデン・プラ、MGの各バージョンが存在する。

三菱スタリオン(1982年) – 6車種
洗練されたスポーツハッチバックで、英国ではコルト・スタリオンとして販売された(写真。後期型は三菱スタリオンとして知られる)。米国ではクライスラー、ダッジ、またはプリムス・コンクエストとして販売された。もちろん、米国でも三菱スタリオンは購入できた。

ハンバー・セプター(1966年) – 7車種
BMCがやれることは、ルーツ・グループも真似できた。同社のアローシリーズは1966年に登場し、イランでは2005年まで生産が続けられた。その間、シンガー・ガゼルおよびヴォーグ、ヒルマン・ハンター(写真)、ハンバー・セプターとして販売されていた。後にクライスラー版のハンターとヴォーグが登場し、最終的にはイランでペイカンとして生涯を終えた。

シボレー・キャプティバ・スポーツ(2006年) – 7車種
GMはこのクルマを、世界中でさまざまな名称で販売した。オーストラリアではホールデン・キャプティバ、英国ではヴォグゾール・アンタラ、欧州大陸ではオペル・アンタラとして販売された。北米ではサターン・ヴュー、南米ではシボレー・キャプティバ・スポーツ(写真)、韓国では大宇・ウィンストーム・マックスとして知られている。

ホールデン・モナーロ(2001年)- 7車種
オーストラリアで誕生したホールデン・モナーロ(写真)は、英国ではヴォグゾール・モナーロ(後にVXR8)、米国ではポンティアックGTOおよびG8、さらにシボレー・ルミナ、カプリス、SSとしても販売された。悲しいことに、ホールデンのオーストラリア国内工場は2017年に閉鎖され、ホールデンブランド自体も2021年に消滅している。









































