トヨタ・プリウスに勝てなかった米国製ハイブリッド車 シボレー『ボルト』誕生と失敗を振り返る【UK編集部コラム】
公開 : 2026.03.24 11:25
2010年に生産開始されたシボレー『ボルト』は、トヨタ・プリウスに対抗すべく誕生した先進的なハイブリッド車です。野心的なアイデアと膨大な予算をつぎ込んだものの、大成功には至らず……。その経緯を振り返ります。
GM版プリウス 誕生の経緯
ゼネラルモーターズ(GM)のような巨大企業に対して同情を抱くことは滅多にない。しかし、失敗に終わったシボレー『ボルト(Volt)』の開発に注ぎ込まれた先駆的な努力と巨額の資金を考えれば、ほんの少しは同情の念を抱くかもしれない。
ボルトは、トヨタ・プリウスに対抗するために開発されたモデルであり、その技術力と環境性能をはるかに凌駕することを目指していたのだ。本質的にはプラグインハイブリッド車(PHEV)であり、今日ではごく一般的なジャンルだが、2011年当時はまさに冒険的な存在だった。

実際、ボルトの開発プロジェクトが本格化した時点では、技術的に実現が難しい要素がいくつかあった。その中でも特に大きな課題だったのが、リチウムイオンバッテリーだ。
開発陣が直面したのはそれだけではない。2008年以降のGMの経営破綻のように、まったく予期せぬ出来事もあった。
ボルトの着想源は、トヨタ・プリウスだ。プリウスは業界の予想をはるかに超える成功を収め、その人気はGMの上層部、とりわけボブ・ラッツ氏を駆り立てることになった。当時、ラッツ氏は米国自動車業界で最も有名な「カーガイ(クルマ好き)」の1人であり、66歳でGMのナンバー2として招かれた彼は、電気自動車でトヨタを追い越すという構想を抱いていた。
野心的なアイデアと設計
しかしGMは、実験的な2人乗りEV『EV1』の計画を打ち切ったことで大きな批判を集めていた。そのため、ラッツ氏は入社後まもなく、GMの全モデルラインを統括していたジョン・ラウクナー氏から、バッテリーのエネルギー密度は実用的な航続距離を確保するには不十分であり、PHEVが必要だと説得されることになる。
ラッツ氏の回想では、ラウクナー氏は金のペン先の万年筆で、ノートにこの車両の構造をスケッチしたという。

「その使い古した万年筆を、必要に応じて押し付け(その結果、インクの飛沫が飛び散る)、ジョンはシャシーのスケッチを描いた」と、ラッツ氏は著書『Car Guys vs Bean Counters』の中で書いている。
「16キロワットのバッテリーが中央を通り、後部座席の下でT字型に伸びる」とラウクナー氏は説明した。「名目上は80マイル(130km)走れるが、実際に使うのは8キロワットだけだ。そうすればバッテリーは永遠に持つ。40マイル(65km)ほど走った後、この小さな1.4Lエンジンを始動させ、発電機を駆動してバッテリーに電力を供給し、さらに300マイル(480km)は走れるようにするのだ」
これがボルトのコンセプトである。米国人の80%が一度に走行するのは65km未満であるという事実に基づいたものだ。100km程度の走行では、約65km/l相当の低燃費を達成できる。米国が石油輸入量を増やしていた当時としては、非常に魅力的だった。小型で安価なバッテリーと、ガソリンスタンドで容易に航続距離を延長できる点も同様だ。
「わたしはすっかり魅了された」とラッツ氏は記しているが、会社側にこの提案を支持してもらうには幾度ものプレゼンテーションと説得が必要だった。彼の提案は往々にして、リチウムイオンバッテリー技術の欠点によって却下されていた。その中でも特に、ノートパソコンのバッテリーが時折自然発火する問題は無視できない懸念材料だった。















