トヨタのピックアップトラックにダットサンも 乾燥した大平原で見つけた日米欧の廃車 40選(後編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2026.03.22 11:45

チェッカー・マラソン

この1970年代のチェッカー・マラソンが最後に公道を走ったのは1985年だ。米国の各都市を横断する乗客を運ぶため、長大な走行距離に耐えるよう設計された。輸送手段というより、第一に道具として作られていた。

最後のチェッカータクシーは1982年7月12日に出荷され、ミシガン州カラマズーでの60年以上にわたる生産に幕を閉じた。当時、厳格化する安全基準と排ガス規制により、1960年代初頭からほとんど変わらなかった設計が通用しなくなり、米国を代表するワークホースの1つに幕が下ろされたのだ。

チェッカー・マラソン
チェッカー・マラソン

IHCスカウト

この1960年代初頭のインターナショナル・ハーベスター・スカウト80は、フォードブロンコより5年早く登場し、コンパクトな民間用4WDの分野を開拓した。ベーシックで頑丈、ファミリーカーというより農機具のような造りで、初期モデルにはスライド式サイドウィンドウや取り外し可能なルーフパネルまで備わっていた。1961年から1965年まで生産され、数十年後に訪れるSUVブームの礎を築いた。

IHCスカウト
IHCスカウト

キャデラック(1949年)

この1949年式キャデラックは、現代の米国高級車の起源と言える1台である。キャデラックのまったく新しいオーバーヘッドバルブ式331立方インチ(5.4L)V8エンジンを導入。このエンジンはキャデラックの高性能車のひな型を形作り、戦後の優位性を確固たるものにした。またこの年は、P-38ライトニング戦闘機に着想を得た控えめなテールフィンが初採用された年でもある。このデザイン要素は1950年代にかけて劇的に発展していくことになる。

キャデラック(1949年)
キャデラック(1949年)

シボレー・ベルエア(1964年)

この1964年式シボレー・ベレアがレストアされる見込みは薄い。しかし、錆のない部品の優れた供給源として価値がある。コロラド州ラマーの乾燥した高原気候に守られ、パネルやトリム、メッキ部品のコンディションは予想以上に良好だ。他のクルマを走らせ続けるためのドナー車として理想的な状態である。

シボレー・ベルエア(1964年)
シボレー・ベルエア(1964年)

ウォラー・オートパーツ(コロラド州ラマー)

敷地内には約5000台の車両が保管され、1950〜2000年代初頭までの幅広いモデルを網羅している。必要な部品があればドンさんに電話するか、ウェブサイトをご覧いただきたい。

原文:ウィル・シャイアーズ(Will Shiers)

ウォラー・オートパーツ(コロラド州ラマー)
ウォラー・オートパーツ(コロラド州ラマー)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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