『ルーチェ』と言えばマツダが本家? フェラーリ初のEVが同じ車名で登場した今こそ振り返りたい、5世代の歴史!

公開 : 2026.04.04 11:45

先日フェラーリ初のEVとして『ルーチェ』の車名が発表されましたが、ご存知のように、日本にはかつて『マツダ・ルーチェ』が存在していました。そこで5世代に渡る本家? の歴史を遠藤イヅルが紹介します。

フェラーリ初のEVは『ルーチェ』と命名

先日、フェラーリは同社初のEVの車名を『ルーチェ』と命名したことを発表しました。『ルーチェ』とはイタリア語で『光』を意味します。フェラーリにとって、新たな領域に挑戦する『光』となるクルマにふさわしい車名といえます。

同時に、かつてアップルのデザイン責任者を務めたジョニー・アイブと、著名デザイナーのマーク・ニューソンが創設したクリエイティブ集団『LoveFrom』が手がけたインテリアの一部が公開され、こちらも大きな話題を呼んでいます。

話題なのはフェラーリ・ルーチェ(右)ですが、本稿はマツダ・ルーチェ(左)が主役です。
話題なのはフェラーリ・ルーチェ(右)ですが、本稿はマツダ・ルーチェ(左)が主役です。    マツダ/フェラーリ

と、ここまで読まれて、特に50歳代以上の方は、『ルーチェといえばマツダだよね?』と思われるかもしれません。

1995年から使用していない車名ですが、いろいろ調べてみるとマツダは今でも『LUCE/ルーチェ』の商標を所有しているようです。そうなると、日本ではフェラーリ・ルーチェの車名が使えなくなるのかどうか、とても気になります。

そういえばフェラーリでは、『599GTBフィオラノ』を日本では『599』として販売したことがありましたね。『GTB』はトヨタ、『フィオラノ』をオートバックスセブンが先に登録を行っていたためです。

フェラーリからの正式な発表を、今は待つことにしましょう、

初代:ファミリアに次ぐ普通乗用車

というわけで、本稿ではそんな『マツダ・ルーチェ』がどんなクルマだったのか、簡単に振り返りたいと思います。

まず、初代ルーチェは1966年に登場しました。マツダでは『ファミリア』に次ぐ普通乗用車で、1.5リッタークラスに投入されています。デザインを担当したのは、ベルトーネ在籍時代のジョルジェット・ジウジアーロでした。

初代ルーチェ。ジウジアーロによる、ピラーの細い美しいデザインを誇ります。写真は、ボンネットにエアスクープを持つ1.8リッターモデル。
初代ルーチェ。ジウジアーロによる、ピラーの細い美しいデザインを誇ります。写真は、ボンネットにエアスクープを持つ1.8リッターモデル。    マツダ

1967年にはツインキャブ版と、13A型ロータリーエンジン(RE)を載せた『ロータリークーペ』を追加。1968年には、1.8リッターエンジンも追加されました。

2代目:抑揚の強いデザイン

1972年には2代目にフルモデルチェンジを受けましたが、初代の繊細な外観から一転、抑揚の強いデザインとなりました。

4ドアセダン、2ドアハードトップ、ワゴンをラインアップ。お得意のREももちろん設定。12A型と13A型が用意され、REモデルは『ルーチェAP』と称しました。APとはアンチ・ポルーションの略です。

初代から一転、2代目はアクが強いマスクと車体に。写真は1973年に追加されたRE版。
初代から一転、2代目はアクが強いマスクと車体に。写真は1973年に追加されたRE版。    マツダ

3代目:ルーチェレガートを名乗って登場

3代目は、『ルーチェレガート』を名乗って1977年に登場。4ドアピラードハードトップとセダンが用意されました。1年ほど2代目と併売していましたが、それが終わった際に車名を『ルーチェ』に戻しています。

当初は1979年には大きめのマイナーチェンジを受け、角形2灯式に変更されました。この世代でもRE搭載車が継続しています。

高級車らしいスタイルと、アメリカ車のような縦2段式ヘッドライトが個性的な3代目ルーチェ。写真は、Bピラーの形状が独特な4ドアハードトップです。
高級車らしいスタイルと、アメリカ車のような縦2段式ヘッドライトが個性的な3代目ルーチェ。写真は、Bピラーの形状が独特な4ドアハードトップです。    マツダ

記事に関わった人々

  • 執筆

    遠藤イヅル

    Izuru Endo

    1971年生まれ。自動車・鉄道系イラストレーター兼ライター。雑誌、WEB媒体でイラストや記事の連載を多く持つ。コピックマーカーで描くアナログイラストを得意とする。実用車や商用車を好み、希少性が高い車種を乗り継ぐ。現在の所有は1987年式日産VWサンタナ、1985年式日産サニーカリフォルニア、2013年式ルノー・ルーテシア。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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