わずか10年でほぼ消滅 旋風を巻き起こした「クーペ・コンバーチブル(CC)」はどうなった?【UK歴史アーカイブ】

公開 : 2026.04.22 17:05

メルセデス・ベンツのSLKを皮切りに、プジョー206 CCやダイハツ・コペンなど数多くの「クーペ・コンバーチブル(CC)」が登場しました。しかし、あっという間にニッチな存在へと縮小。当時の記事を振り返ります。

火付け役は「バリオトップ」

現在、英国ではマツダのMX-5 RF(日本名:ロードスターRF)こそが、新車で購入できる唯一のクーペ・コンバーチブル(CC)だ。20年前には市場がCCで溢れかえっていたことを考えれば、実に驚くべき状況だ。

このブームの功労者(あるいは責任者?)はメルセデス・ベンツだった。AUTOCARは1994年、発表されたばかりのSLKについて、「『バリオトップ』と名付けられた革新的な電動油圧式ハードトップは、わずか25秒でSLKをクーペからロードスターへと変身させる能力を持つ」と紹介している。

メルセデス・ベンツSLK
メルセデス・ベンツSLK

「ボタンを押すと、アルミ製のルーフ構造がリアウィンドウのすぐ上で分割され、トランクリッドの前端が上方に持ち上がる。その後、ルーフは折りたたまれてシートの後ろにある専用スペースに収納される。トランクリッドがパタンと閉まり、パーセルシェルフが所定の位置に収まることで、一連の動作は完了する」

メルセデス・ベンツは1980年代後半から手頃な価格のスポーツカーの開発を検討していたが、プロジェクトを進める自信を得たのは、初代マツダMX-5の大成功を見てからのことだった。

デザインチーム(ベテランのブルーノ・サッコ氏が率い、後にポルシェ911の責任者となるミヒャエル・マウアー氏も中心メンバーとして参加)は、このようなクルマには独自のセールスポイントが必要だと考え、格納式メタルルーフを採用することに決めた。

SLKの人気は予想を超えていた

2年後、AUTOCAR UK編集部はSLKに試乗し、33kgというかなりの重量にもかかわらず、「バリオルーフは、我々がこれまで見た中で間違いなく最高のコンバーチブルルーフだ」と結論付けた。このルーフは、英国価格3万ポンドのSLKを「妥協なき究極のロードスター」にする上で大きな役割を果たした。

スタイリッシュでありながら手頃な価格であること、そしてハードトップがもたらす実用性の利点が相まって、SLKは瞬く間にヒットした。メルセデス・ベンツは年間約3万台の需要を見込んでいたが、発売初年度だけで5万5000台を売り上げたのだ。

メルセデス・ベンツSLK
メルセデス・ベンツSLK

したがって、1998年初頭にプジョーがCCを公開した際、模倣ではないかという疑いが持たれたのは当然のことと言える。さらに、そのデザイナーであるムラト・ギュナク氏が実際にSLKの開発に携わっていたという事実も、疑念に拍車をかけることになった。

ややチープな名前の『20ハート(20-Heart)』コンセプトは、実用的な乗用モデルに、オープンエアのロマンとスタイリッシュさを融合することで、「夢と現実のギャップを埋める」ことを目指していた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    クリス・カルマー

    Kris Culmer

    役職:主任副編集長
    AUTOCARのオンラインおよび印刷版で公開されるすべての記事の編集と事実確認を担当している。自動車業界に関する報道の経験は8年以上になる。ニュースやレビューも頻繁に寄稿しており、専門分野はモータースポーツ。F1ドライバーへの取材経験もある。また、歴史に強い関心を持ち、1895年まで遡る AUTOCAR誌 のアーカイブの管理も担当している。これまで運転した中で最高のクルマは、BMW M2。その他、スバルBRZ、トヨタGR86、マツダMX-5など、パワーに頼りすぎない軽量車も好き。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

関連テーマ

おすすめ記事