わずか10年でほぼ消滅 旋風を巻き起こした「クーペ・コンバーチブル(CC)」はどうなった?【UK歴史アーカイブ】
公開 : 2026.04.22 17:05
真の先駆者はプジョー
しかし、ギュナク氏は、自身の手掛けたモデルが単なる模倣ではないと主張した。同氏はAUTOCARの取材に対し、「そう言われるだろうとは予想していましたが、まったくの事実無根です。実のところ、格納式ハードトップはプジョーの歴史に深く根ざしています。SLKの公式カタログにさえ、戦前のプジョー・エクリプスの写真が掲載されていたのです」と語っている。
実際、プジョーは半世紀も前に、「格納式ハードトップ(metallique decouvrable)」モデルであるエクリプスを世界で初めて量産化した。エクリプスは401セダンをベースに、フランスのコーチビルダー、ポフトゥー社のチーフデザイナーであるジョルジュ・ポーラン氏の独創性によって美しく仕上げられた。

AUTOCARは、1935年のパリ・モーターショーにおいてカブリオレが注目を集めていることに触れ、「機械式開閉機構の場合、堅牢な構造のルーフが頻繁に用いられ、ルーフユニット全体がサイドリンクによってトランク内に収納される仕組みとなっている。トランクリッドは自動的に持ち上げられ、それからルーフが下がる」と記している。この動作には1分ほどかかった。
いずれにせよ、ギュナク氏の構想は2000年後半、206 CCとして結実した。ハッチバックの206よりパワーや俊敏性に優れていたわけではないが、そもそもそこは目的ではなかった。このモデルもヒット作となり、発売初年度に7万台以上が売れた。
短すぎた全盛期
当然のことながら、競合他社も続々と参入した。最初はダイハツ・コペン、続いてルノー・メガーヌCC、オペル/ヴォグゾール・ティグラ・ツイントップ、日産マイクラC+C、ボルボC70、フォルクスワーゲン・イオス、三菱コルトCZC、オペル/ヴォグゾール・アストラ・ツイントップ、BMW 3シリーズ・コンバーチブル、フォード・フォーカスCC……。
2006年後半、AUTOCARは次のように報じた。「SLKが新たなジャンルを切り拓くとは、ほとんど誰も予想していなかったが、今日ではすべての主要メーカーがラインナップにフリップトップモデルを擁するか、あるいは量産化に向けて準備を進めている」

コンバーチブルの販売は急速に伸び、業界アナリストたちは2010年までに世界での市場規模が130万台に達すると予測していた。
しかし、人々が「おもちゃのようなクルマ」にお金を費やそうとしなかったこと、世界的な金融危機により主要プレイヤー(ピニンファリーナ、ユーリエ、カルマン)が壊滅的打撃を受けたこと、その後にクロスオーバー車が爆発的な人気を得たことについては、多くの人が予見できていなかった。
始まったばかりのCCブームは、あっという間に終焉を迎えたのである。
画像 クーペ・コンバーチブルの代表格! スタイリッシュな爽快スポーツカー【メルセデス・ベンツSLK(初代&3代目)を詳しく見る】 全32枚


































