豊かな歴史が詰まったアウディ博物館の至宝(前編) 魚の鱗を使ったリムジンから唯一無二のレア車まで
公開 : 2026.06.13 11:25
DKW F1(1931年)
DKWは、低価格帯のラインナップを拡充するため、約6週間でF1を開発した。他のモデルよりも小型で格段に安価であり、重要な点として前輪駆動を採用していた。設計段階において、エンジニアたちはDKWのオートバイから494ccの2気筒2ストロークエンジンを流用することで、開発時間とコストを節約した。その最高出力は15ps。木製構造により軽量化が図られている。
1931年のデビュー当時、F1はドイツで最も安価な新車の1つとして際立った存在だった。1932年までに4353台が生産され、期間は短かったものの、同社のラインナップに大きな影響を与えた。2ストローク技術と前輪駆動は、1966年にDKWが自動車生産を中止するまで、同社の定番となったのだ。

DKWシュヴェーベクラッセ(1934年)
DKWシュヴェーベクラッセは、驚くほど流線型のフロントデザインを採用している。これはデザイン部門による大胆な試みであり、初期の段階ではエンジニアリング部門がもっとオーソドックスなアプローチをとっていた。
「4=8」とも呼ばれるシュヴェーベクラッセは、32ps の2ストロークV4エンジンと完全木製ボディを備えている。そしてコーナリング時のボディロールを軽減するため、特許取得済みのフローティングアクスル技術が採用されている。

ホルヒ853スポーツ・カブリオレ(1935年)
アウディは、博物館内で特に価値の高いモデルをガラスケースの中に保管している。この1937年式ホルヒ853スポーツ・カブリオレも、そんな至宝の1つだ。100psの直列8気筒エンジンを搭載した853スポーツ・カブリオレは、1930年代後半のドイツで販売された新車の中でも最も格式高い1台だった。
この個体は特に装備が充実しており、メタリック塗装も施されている。当時、ホルヒはメタリックな風合いを実現するために魚の鱗を粉砕し、塗料に混ぜ込んでいた。どの種類の魚の鱗だったかは、もはや誰も覚えていない。

アウトウニオン・タイプC(1937年)
欧州各地のグランプリレースでの勝利に満足せず、アウトウニオンは高度に流線型のボディを装着し、空力性能に優れたタイプCの派生モデルを製作。その性能を確かめようとした。勇敢なドイツ人ドライバー、ベルント・ローゼマイヤーは、1938年1月28日、フランクフルトとダルムシュタットを結ぶA5アウトバーンで時速268マイル(約430km/h)を達成し、陸上速度記録を樹立した。
彼は同日、さらに速度を伸ばせると考えていたが、再チャレンジでマシンの制御を失い、命を落としてしまった。したがって、写真のタイプCはレプリカである。
















