伝説の自動車デザイナー、ガンディーニが手掛けた名作 50選(中編) 大胆コンセプトカー、質素な普及車も
公開 : 2026.06.21 11:25
イタリア出身の著名な自動車デザイナー、マルチェロ・ガンディーニ氏が手掛けた作品は数知れず。今回はランボルギーニ、マセラティ、フィアットなど、有名なものからあまり知られていないものまで50台紹介します。
もくじ
ーシトロエン・カマルグ(1972年)
ーBMW 5シリーズ(E12、1972年)
ーアウディ50(1972年)
ーフィアットX1/9(1972年)
ーNSUトラビーズ(1973年)
ーランボルギーニ・ウラッコ(1973年)
ーランボルギーニ・エスパーダ4ドア(1973年)
ーフェラーリ・ディーノ308 GT4(1973年)
ーランボルギーニ・カウンタック(1974年)
ーマセラティ・カムシン(1974年)
ーランボルギーニ・ブラボー(1974年)
ーイノチェンティ90/120(1974年)
ーマセラティ・クアトロポルテII(1974年)
ーフィアット・ビジターバス(1975年)
ーランボルギーニ・シルエット(1976年)
ーフェラーリ308 GTレインボー(1976年)
ーアルファ・ロメオ・ナバホ(1976年)
シトロエン・カマルグ(1972年)
ベルトーネとシトロエンが初めてタッグを組んで誕生したのが、当時のGSをベースにしたカマルグモデルである。1972年のジュネーブ・モーターショーで初公開されたカマルグは、実用性よりもスタイルを重視する若い層をターゲットにした流線型のクーペで、実質的にGSの2+2バージョンであった。
しかし、シトロエンは深刻な経営難に陥っており、1973年には窮地に立たされていた。1974年にプジョーが同社に出資し、1976年には合併してPSAが誕生した。

BMW 5シリーズ(E12、1972年)
今なおBMWのラインナップの主力である5シリーズの系譜は、ここから始まった。BMWは1960年代に危機的状況から同社を救ったノイエ・クラッセ・セダンの後継車を必要としていた。
5シリーズはまさにその役割を担うモデルであり、4気筒および6気筒のガソリンエンジンをラインナップし、セダン仕様のみで販売された。しかし、生産後期には高性能モデルのM535iが登場した。これは次の世代の5シリーズであるE28(外観はE12とほとんど変わらない)と共にデビューしたM5の先駆けとなった。

アウディ50(1972年)
1960年代後半から1970年代初頭にかけて、欧州の自動車メーカーはこぞってハッチバックに注力し始めた。前輪駆動の人気が高まる中、このトレンドに追随するため、フォルクスワーゲンとアウディはファミリー向けのハッチバックシリーズを開発しようとした。
その先駆けとして、イタルデザインには小型ハッチバック(ゴルフ)が、ベルトーネにはさらに小型のスーパーミニの設計が依頼された。ベルトーネに所属していたガンディーニ氏はアウディ50を考案し、まもなくフォルクスワーゲン・ポロとしても発売された。1978年にはアウディが高級志向へシフトしたため、同車はフォルクスワーゲンブランドでのみ販売されるようになった。

フィアットX1/9(1972年)
アウトビアンキA112ランナバウトの影響を強く受けたX1/9は、手頃な価格のミドシップスポーツカーとして業界に新風を吹き込んだ。
当初は1.3Lエンジンを搭載していたが、後に1.5Lエンジンが追加された。生産後期にはフィアットではなくベルトーネのブランド名で販売されており、総生産台数は約16万台に達する。

NSUトラビーズ(1973年)
NSUを知る人は多くないが、その中でもトラペーズはすっかり忘れ去られてしまっている。ベースとなっているのは不運なNSU Ro80だ。Ro80は1968年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したものの、その後NSUを破産に追い込んでしまった。ロータリーエンジンと前輪駆動を採用したトラペーズは、深く包み込むようなフロントガラスと際立ったウェッジシェイプなど、ランチア・ストラトスから多くの要素を借用している。
しかし、ストラトスとは異なり、トラペーズはコンパクトなエンジンをリアアクスルの上に配置しており、後部座席をさらに後方に配置することが可能だった。前席を車体中央に据え、後部座席をエンジンの両側にオフセット配置することで、広いレッグルームを確保した。しかし、この奇抜なアイデアは普及しなかった。















































