映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のスポーツカーから、いすゞの名車まで 惜しくもヒットを逃したクルマ50選(中編)

公開 : 2026.11.03 11:25

ジャガーXJ40(1986年)

ジャガーXJは1968年の登場当時、画期的なモデルだったが、1980年代初頭には、数回の大幅改造を経たにもかかわらず時代遅れな印象を与えていた。そこで必要とされたのは、根本的に新しいモデルだった。ジャガーは1972年から新型の開発を進めていたため、1986年にXJ40が登場した時点で古臭く見えたが、センサーやモーター、配線がふんだんに盛り込まれた先進的な設計だった。

問題は、それらの部品が常に適切に連携するとは限らず、しばしば故障を招いたことだ。よくあることだが、後期のモデルでは改善されたものの、その時にはすでに手遅れだった。XJはかつて、米国や他の多くの市場でメルセデス・ベンツと互角に戦っていたが、今日ではSクラスが高級車市場を支配している。

ジャガーXJ40(1986年)
ジャガーXJ40(1986年)

いすゞ・インパルス(1986年)

トラックやオフロード車の製造実績を持ついすゞにとって、スポーツカーは本来畑違いの分野だった。しかし、それでも同社は挑戦を諦めなかった。結果として生まれたのは、ハンドリング性能がSUV並みで、プラスチッキーな内装もそれらしさを感じるクルマだった。

さらに追い打ちをかけるように、インパルス(日本などの市場では『ピアッツァ』として知られている)はGMのバン用エンジンを搭載しており、かなり粗さを感じさせるものだった。とはいえ、イタルデザインの手掛けたスタイリングは見事で、なかなか魅力的だ。

いすゞ・インパルス(1986年)
いすゞ・インパルス(1986年)

ローバー800/スターリング(1986年)

SD1はブリティッシュ・レイランドの評判を高めることはなかったが、同社がオースチン・ローバーへと変貌を遂げた際、まったく新しい高級セダンとハッチバックで再出発するチャンスが訪れた。そのため、1986年にローバー800が登場した際には期待が高まったが、以前と同様に発売時期が早すぎたため、信頼性や製造品質に関する数多くの問題に悩まされることになった。

米国ではスターリングという名称で発売されたが、現地では大失敗に終わった。残念なことに、JDパワー社による評価で「最も信頼性の低いクルマ」の1つに挙げられた一方で、日本のきょうだい車であるアキュラ・レジェンドは「最も信頼性の高いクルマ」の1つに選ばれていたのだ。

ローバー800/スターリング(1986年)
ローバー800/スターリング(1986年)

キャデラック・アランテ(1987年)

1950年代の発売以来、メルセデス・ベンツSLは非常に高い人気を維持していた。キャデラックもその市場に参入したいと考え、アランテという独自の高級コンバーチブルを発売することにした。

アランテは前輪駆動であるだけでなく、生産プロセスが極めて複雑だったため、競争力のある価格で販売することはできなかった。ピニンファリーナがイタリアで車体を製造し、それを改造されたボーイング747でデトロイトへ空輸し、GMが最終組み立てを行っていたのだ。

キャデラック・アランテ(1987年)
キャデラック・アランテ(1987年)

(翻訳者注釈:この記事は「後編」へ続きます)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の英国の自動車雑誌『AUTOCAR』(1895年創刊)。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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