フェラーリやランボルギーニに挑んだスーパーカーから、当時最も遅かった日産ミニバンまで 惜しくもヒットを逃したクルマ50選(後編)

公開 : 2026.11.03 11:45

日産セレナ(1992年)

1990年代を通じて、欧州ではミニバンが一大ブームを巻き起こしていた。見事に設計されたモデルもあったが、その多くは単に窓をつけただけのバンに過ぎなかった。初代日産セレナは後者のカテゴリーに属し、チープな内装、個性のない外観、そして鈍重な走りを備えていた。

自然吸気の2.0Lディーゼルエンジンを搭載したモデルは、当時欧州で販売されていたクルマの中で最も遅い部類に入る。0-97km/h加速は34.8秒かかり、最高速度はわずか130km/hだった。

日産セレナ(1992年)
日産セレナ(1992年)

ヴォグゾール・ベクトラ(1995年)

1993年にフォードがモンデオを投入した際、退屈なセダン、ハッチバック、ワゴンが溢れていた小型ファミリーカークラスに新たな活気がもたらされた。そのため、2年後にGM傘下のオペル/ヴォグゾールがキャバリエMk3の後継車を発表する際にも、十分に競争力のあるクルマを作り出すべきだった。

ところが、実際には新しい名前をつけただけのキャバリエの「焼き直し版」が投入されたに過ぎなかった。両車を並べてみても、見分けるのは困難だ。粗雑なエンジン、鈍いハンドリング、そしてチープな内装が相まって、ベクトラは同社史上最大の失望作の1つとなってしまった。

ヴォグゾール・ベクトラ(1995年)
ヴォグゾール・ベクトラ(1995年)

キャデラック・セビル(1997年)

第5世代のキャデラック・セビルは、米国市場で欧州の高級ブランドを牽制するだけでなく、ライバルの本拠地に乗り込むために設計された。右ハンドル仕様も用意され、ドイツだけでなく、英国や日本などでも販売された。

しかし、コスト削減の結果、内装は安っぽく、走行性能も水準以下となり、欧州のライバル車には容易に敗北した。キャデラックは痛手を負い、欧州市場から撤退した。

キャデラック・セビル(1997年)
キャデラック・セビル(1997年)

ジャガーSタイプ(1999年)

ジャガーは1990年代、ブランドイメージを刷新する必要に迫られていた。レトロなデザインゆえに「年配者向けのブランド」と見なされていたのだ。間もなく到来する21世紀にふさわしい、新しいデザインが必要とされたが、登場したのはSタイプだった。1960年代のセダンから名前を借りただけでなく、デザインもほぼそのまま流用されたかのように見えた。

ジャガーのデザインがようやくようやく刷新されたのは、2008年に初代XFが登場したときだった。

ジャガーSタイプ(1999年)
ジャガーSタイプ(1999年)

ジャガーXタイプ(2001年)

ジャガーは圧倒的な人気を誇るBMW 3シリーズに対抗するために、元BMWの上級幹部であるヴォルフガング・ライツレ氏を起用した。それほどこの分野に力を入れていたのである。しかし、1960年代風のスタイリングを採用したSタイプの発売から2年後、同社はフォード・モンデオのプラットフォームをベースにしたXタイプでも同じ過ちを繰り返した。計画ではXタイプを年間10万台販売する予定だったが、実際に達成できたのはその半分に過ぎない。

Xタイプはモンデオをベースとしていることでしばしば嘲笑されたが、これは決して悪い選択ではなかった。この「ベビー・ジャガー」の失敗の原因は、古臭いデザイン、信頼性の低さ、そして当初は燃費の悪い6気筒ガソリンエンジンと四輪駆動しか選択肢がなかったことにある。

ジャガーXタイプ(2001年)
ジャガーXタイプ(2001年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の英国の自動車雑誌『AUTOCAR』(1895年創刊)。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

惜しくもヒットを逃したクルマ50選の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

Google検索で『AUTOCAR JAPAN』の記事を見つけやすくする方法

人気記事