フェラーリやランボルギーニに挑んだスーパーカーから、当時最も遅かった日産ミニバンまで 惜しくもヒットを逃したクルマ50選(後編)
公開 : 2026.11.03 11:45
リンカーン・ブラックウッド(2002年)
ピックアップトラックが米国で人気なのは、四輪駆動と十分な最低地上高でどこへでも行ける上、広い荷台で何でも運べるからだ。
しかし、リンカーン・ブラックウッドはうまくいかなかった。後輪駆動のピックアップトラックで、最低地上高は低く抑えられ、豪華な内装が施された荷台には蓋が付いており、積載容量を狭めていた。生産期間はわずか1年で、残りの在庫を売り切るのにさらに2年を要した。

ルノー・アヴァンタイム(2002年)
エスパスと同サイズのルノー・アヴァンタイムは、4人乗りの高級ミニバンと謳われていたものの、実質的なシートレイアウトは2+2と見なすのが妥当だ。インテリアの造りは優れているとは言えず、その巨体ゆえにパフォーマンスは鈍り、燃費も悪化した。
今でも人々の目を引く素晴らしいコンセプトだが、アヴァンタイムはまったく合理的なクルマではなかった。米国では販売自体行われなかった。

ローバー・シティローバー(2003年)
MGローバーは、自身をアッパーマーケットのブランドと位置づけていた。BMWやアウディといったプレミアムブランド、あるいは少なくともフォルクスワーゲンやボルボのようなセミプレミアムブランドと対抗できるブランドだと自負していたのだ。しかし、実際にはタタ・インディカのバッジエンジニアリング車を英国の消費者に売り込もうとするブランドだった。
シティローバーが登場した時点で、インド製のインディカはすでに発売から5年が経過しており、その装備は極めて質素だった。噂によると、MGローバーは1台あたり6000ドル強で仕入れ、1万4000ドル以上で売り出そうとしたという。当然のように、この戦略は失敗に終わった。シティローバーは2005年、MGローバー社とともにその歴史に幕を閉じた。

サターン・イオン(2003年)
GMが1985年にサターンブランドを立ち上げたのは、日本車に対抗し、コンパクトで手頃な価格の製品を作るためだった。安くて質が低いクルマではなく、安くて楽しいクルマを目指していたが、イオンの開発チームにはその意図が伝わっていなかったようだ。
2003年に発売されたイオンは設計が拙く、人間工学的にも疑問が残り、走行性能も劣っていた。10回以上にも及ぶリコールに見舞われたことから、2010年のサターンブランド閉鎖の主な原因の1つとしてしばしば槍玉に上がっている。






































