共産主義が生んだ奇抜なクルマ 21選 東欧メーカーの名車・珍車紹介
公開 : 2025.03.16 18:45
ダチア1300(1969年)
1960年代、ルーマニア政府は西側諸国のクルマを現地製造しようと模索し始めた。アルファ・ロメオ、オースチン、フィアットなど、数多くのブランドからの提案を検討した結果、ルノー12が選ばれた。初期のモデルはフランスから部品を輸入してルーマニア国内で組み立てられ、オリジナルの12とほとんど違いはなかったが、まもなく1300の製造をゼロから行うようになる。やがて、ダチアは2ドアおよび4ドアのピックアップトラックやクーペを含む、フルラインナップのモデルファミリーへと発展させた。
ダチアが12ベースのクルマの製造を終了したのは2004年のこと。その後継として、初代ローガン登場した。ダチアは1999年にルノーによって買収されたが、その第一歩となったのが1300だ。今日、ダチアは低価格ブランドとして大きな成功を収めており、2024年の欧州ベストセラー車はダチア・サンデロで、実に27万4202台を販売している。

(画像:ダチア1310)
ラーダ2101(1970年)
ラーダ初の乗用車、2101は1970年にデビューした。評判の良かったフィアット124をベースに、ロシアの過酷な道路状況に耐えられるよう、デザインにいくつかの改良を加えている。具体的には、新しいエンジンを載せ、ボディパネルの厚みを増して錆びにくくし、サスペンション部品を強化した。
2101は一夜にしてロシアの国民車となった。製造は、フィアットがイタリアでの124の製造を終了した1988年まで続いた。その後、ラーダは2105と2107と呼ばれる2台の改良モデルを投入し、2010年代初頭まで製造した。2012年には、124ベースの最後のクルマ、2104を出荷した。

スコダ110 R(1970年)
スコダは1000 MBのクーペモデルを発売したが、Bピラーがないことによる剛性の問題もあり、出荷台数は低水準にとどまった。しかし、1970年にはクーペに再挑戦し、110 Rを発売した。110 Rは110セダンをベースに、ファストバックのようなルーフラインを採用し、よりスポーティな外観となっている。当時の評論家たちは、このモデルに「共産主義のポルシェ」という愛称をつけた。中にはフックス(Fuchs)ホイールを模したハブキャップ装着モデルもあった。スコダは1980年までに110 Rを約5万7000台製造した。
110 Rは、レースを念頭に置いて開発された130 RSの土台となったことでも有名である。130 RS は、1981年の欧州ツーリングカー選手権でBMW やアルファ・ロメオといった老舗メーカーを抑え、スコダにマニュファクチャラーズタイトルを与えることに成功した。



























