共産主義が生んだ奇抜なクルマ 21選 東欧メーカーの名車・珍車紹介

公開 : 2025.03.16 18:45

ヴァルトブルク1.3(1988年)

トラバント601と同様、ヴァルトブルク353も本来の賞味期限を大幅に過ぎても製造が続けられた。1988年、売れ行きを回復させるための手段としてフォルクスワーゲンから水冷エンジンを調達した。この最高出力58psの1.3L 4気筒エンジンは、第2世代のゴルフの一部モデルと共有されており、1991年4月まで販売された。エンジンの4ストローク化に伴い、フロントエンドもよりモダンなデザインとされた。

ヴァルトブルク1.3(1988年)
ヴァルトブルク1.3(1988年)

トラバント1.1(1990年)

エンジニアや経営陣は601の近代化を求めたが、東ドイツ政府はあらゆる要求を却下した。中には、2ストロークエンジンをヴァンケルユニットに置き換えるという案も上がっていた。政府高官は1980年代にようやく折れ、フォルクスワーゲン・ポロから1.1L 4気筒エンジンを流用した最新モデルの開発を承認した。

新しいエンジンの導入とともに、内外装も変更された。車名はもちろんエンジンの排気量に由来する。トラバントは1990年から1991年にかけて1.1を製造したが、導入時期はあまりにも遅すぎた。トラバントは、自らを生み出した共産主義政府と同様に、すでに破滅の運命を辿っていたのだ。

トラバント1.1(1990年)
トラバント1.1(1990年)

ラーダ111ターザン2(1999年)

セグメントを跨ぐようなターザン2は、平凡な111ワゴンから発展したモデルだ。独立フレーム、ニーヴァから流用した四輪駆動システム、そして頑丈なオフロードタイヤを採用。その結果、トヨタRAV4スズキジムニーとはひと味もふた味も違うオフロード車が誕生した。

ラーダはターザン2の製造台数を公表していないが、多くの資料で1000台以下であったと見なされている。今日では、このクルマは存在しなかったかのように無名である。

ラーダ111ターザン2(1999年)
ラーダ111ターザン2(1999年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    ロナン・グロン

    Ronan Glon

  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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