フィアット・ウーノ・ターボ40周年に、その愛を語ろう!【新米編集長コラム#33】
公開 : 2025.06.08 12:45
最後はカー・マガジンの読者プレゼントに
その頃はちょうど就職活動の時期で、応募の作文でウーノ・ターボの話を書いたのがよかったのか、ネコ・パブリッシング(当時)の内定が出た。入社後は広告部に所属し、1年半後、いよいよカー・マガジン編集部に異動。そこから自動車雑誌編集者人生が始まるのだが、ウーノ・ターボは相変わらず入出庫が続いていた。
実は既にフィアット・バルケッタを新車で購入していたこともあり、「誰かいい人がいれば……」と売却を決意。まずはカー・マガジンの個人売買ページであるバザールに出品し、売買も成立したのだが、引き渡しに向かう水戸街道で立ち往生し(原因は覚えていない)、話自体が流れてしまった。

そこでカー・マガジンの誌面で『UNOあげます!!』と読者プレゼントに出すことにし、ウーノ・セレクタを所有する読者さんに引き取ってもらったのが最後であった。
カー・マガジンNo.251(1999年5月号)の募集ページを読み返すと、1:タコ足の付け根のエンジンブロックと思われるところからの排ガス漏れ、2:ブロアモーター要交換、3:バッテリーも要交換、と書いてあり、精神的にも金銭的にも限界を超えていたことを思い出した。
とにかく調子のいい日は感動的な走りで、赤いステッチが入ったインテリアはいかにもホットハッチの雰囲気で、少しモダンになったシリーズ2のデザインも大好きだった。
あまりに当時の日々が激しすぎて、もう一度手に入れたいとは正直思わないが、その修理の過程で様々なことを学べたこと、現在ヤングタイマーと呼ばれるホットハッチを新車から5年落ちくらいで体験できたこと。そして何より、ネコ・パブリッシングに入社するきっかけをくれたウーノ・ターボこそが、私の自動車趣味における原点だ。
というわけで、プロフィールにもある『左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味』はここに始まり、今も続いているのである。


















