【現役デザイナーの眼:ダイハツ・ムーヴ】スタイリッシュなスライドドア車という個性も、冒険できない軽の難しさ

公開 : 2025.07.01 11:05

現役プロダクトデザイナーの渕野健太郎が今回取り上げるのは、7代目にフルモデルチェンジしたダイハツ・ムーヴ。『スタイリッシュなスライドドア車』という他にはない個性を、ダイハツはどう表現したのでしょうか?

軽自動車デザインの難しさと、トレンドの変化

ダイハツの基幹車種である『ムーヴ』が10年半ぶりにフルモデルチェンジしました。

全長と全幅が抑えられている軽自動車は、全高とドア形式、さらにはデザインのテイストなどで細かくカテゴライズされていますが、新型ムーヴは『スタイリッシュなスライドドア車』と言う、考えてみれば他にはない個性を持ったクルマです。実車を見て、物理的な寸法がない故に自由度が少なく、また奥深い軽自動車のデザインの世界を改めて思い出しました。

新型ムーヴとムーヴ・キャンバスの比較。フロントとリアのガラス角を変えて、それぞれの個性をシルエットで表現している。
新型ムーヴとムーヴ・キャンバスの比較。フロントとリアのガラス角を変えて、それぞれの個性をシルエットで表現している。    ダイハツ

というのも、私は会社員時代、入社して最初の数年間は主に軽自動車を担当していたのです。グリルやバンパーのデザインを始めとしたマイナーチェンジの仕事からスタートしたのですが、ある時、急に立ち上がったプロジェクトのクルマを担当することになり、人生初のスケールモデル(縮尺されたクレイモデル)を作成したのを覚えています。

そこで痛感したのは、軽自動車の寸法の中でデザインが出来ることは限られており、スケッチの通りとはいかず大変難しい車種なのだという事。私が若かった事による技量不足も大きいのですが、その後の糧となる大変勉強になったプロジェクトでした。

衝撃の4代目ダイハツ・ムーヴ

そして、その仕事が一段落した頃に発表されたある軽自動車に衝撃を受けることとなったのですが、それが4代目のムーヴなのです。それまでムーヴと言えば、スズキワゴンRと同じく箱型で空間重視のクルマでしたが、4代目ではワンモーションフォルムに大変身。

ちょうどこの少し前に、ムーヴよりさらに背が高く、またスライドドアを搭載した『ダイハツ・タント』が発売されていました。こちらもあまりの空間の広さに衝撃を受けたものですが、そのタントとの差別化を図ったためか、4代目ムーヴはスタイリッシュに変貌したのです。私が担当していたクルマが一気に古臭く見えた記憶があります。

当時衝撃を受けた4代目ダイハツ・ムーヴ。ワンモーションのフォルムに大変身。
当時衝撃を受けた4代目ダイハツ・ムーヴ。ワンモーションのフォルムに大変身。    ダイハツ

しかし、思えばこの時からムーヴの立ち位置が難しくなったのかもしれません。この後ホンダN-BOXやスズキ・スペーシアといった、スーパーハイト系スライドドア搭載車が次々発表された事で瞬く間にトレンドが変わり、軽自動車の主流になったのです。

『スタイリッシュなスライドドア車」のデザイン手法

このように軽自動車の主流から外れたムーヴでしたが、新型では前述のように『スタイリッシュなスライドドア車』という独自のポジションを狙っています。

サイドシルエットは、スーパーハイト系と比べて100mmほど低い車高を最大限スポーティに見せようとする意図を感じました。

先代から比べると、シャープでスタイリッシュな印象の新型ムーヴ。このクルマにより、スライドドアが軽自動車にはマストになるかもしれない。
先代から比べると、シャープでスタイリッシュな印象の新型ムーヴ。このクルマにより、スライドドアが軽自動車にはマストになるかもしれない。    ダイハツ

寝かされたフロントガラスと大きく切れ上がったクオーターガラス部により、キャビンを出来るだけ小さく見せ、ボディの厚みと勢いを感じさせるデザインになっています。この辺りはプロポーション全体で可愛らしさを表現したムーヴ・キャンバスとは真逆の手法で、上手く差別化出来ていると思うポイントです。

グリルやランプ類のデザインは比較的オーソドックスですが、シャープに見せたい事がよく伝わります。

また、前後バンパーやドアの下回りで表現された『上下での立体嵌合』も大きな特徴でしょう。これにより、グリルや前後ランプ類が高い位置にあることを視覚的に感じさせ、より迫力ある佇まいにしようと言う意図だと思います。リアはリアゲートからサイド面へのつながりが良く、シルエットのメリハリもはっきりしていて、一番良く出来ていると思った部位です。

一方、インテリアの方は、機能性と上質さを両立させる意図だと思いますが、インパネは多くの機能を小さなスペースに詰め込む軽自動車特有の凸凹感がやや気になります。この辺りは、ムーヴ・キャンバスの横基調でシンプルなデザインの方が小さな空間の中で活かされると感じますが、新型ムーヴの方が収納が多く、より機能的になっています。

記事に関わった人々

  • 執筆

    渕野健太郎

    Kentaro Fuchino

    プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間に様々な車をデザインする中で、車と社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

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