ロータス創業者も1勝掴んだMk1 市販サルーン最速といえたMk2 クームズ・チューン・ジャガー(1)

公開 : 2025.09.13 17:45

幼少期はブルックランズ・サーキットのそばで

気難しい性格のクームズは、幼少期をブルックランズ・サーキットのそばで過ごした。レーシングドライバーや、レーシングチームのマネージャーとして活躍する運命は、そこで決まっていたのかもしれない。

大胆な行動力の持ち主で、目的の為ならジャガーの創業者、ウィリアム・ライオンズ氏へ楯つくこともいとわなかった。同時に、ジャガーのチーム主任を務めていたフランク・レイモンド・イングランド氏とは、良好な関係を築いていた。

ジャガーMk1(1955〜1969年/クームズ仕様)
ジャガーMk1(1955〜1969年/クームズ仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

当初、ブリストルシトロエンなども販売していたクームズ&サン社だが、1950年代以降はジャガーを中心に取り扱うようになっていた。これらが、Mk1のプライベート・レーシングチームを探していた1958年に、有利に働いたようだ。

大げさではない最速の市販4ドアモデル

クームズ仕様のMk2は、ワイドなタイヤを収めるべく、ホイールアーチを拡幅。Eタイプ用のステアリングホイールが組まれ、ワイヤーホイールやビニールルーフ、トランクラックといったアクセサリーも指定可能だった。

コニ社製の調整式ダンパーと専用エグゾースト、エンジンのライトチューンというメニューの金額は285ポンド。高圧縮比化に吸気系の改良、強化サスペンションなどを盛り込むと、総額はジャガーEタイプに並んだが、300馬力近い性能が手に入った。

ジャガーMk2(1959〜1967年/クームズ仕様)
ジャガーMk2(1959〜1967年/クームズ仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

クームズは、そのMk2を最速の市販4ドアモデルと主張したが、大げさではなかった。0-161km/h加速は、充分に速い通常のMk2より12秒も短縮。これ以上の加速力を持つサルーンは、1968年のメルセデス・ベンツ300 SEL 6.3まで存在しなかった。

この続きは、クームズ・チューン・ジャガー(2)にて。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

クームズ・チューン・ジャガーの前後関係

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