フィアット508S バリラ・スパイダー「コルサ」(1) ギア社ボディでクラス圧倒の実力

公開 : 2025.09.20 17:45

大戦中はスパイとして活躍したメトカーフ

メトカーフは1907年生まれ。1929年にモーガンJAPでレースデビューし、ホルストマン、フレイザー・ナッシュとマシンを乗り換えた。そんな彼の相棒で、最も有名なのがブルックランズでも勇姿を披露した、ブラックの508S スパイダーコルサだろう。

望まれぬ第二次大戦が始まると、彼はポルトガル・リスボンでスパイとして働き始める。ドイツ人の上官たちは、メトカーフはナチス政権のために活動していると信じた。ところが実際は、英国の情報機関、MI5へ情報を流していた。

フィアット508S バリラ・スパイダー・コルサ(1933〜1937年/英国仕様)
フィアット508S バリラ・スパイダー・コルサ(1933〜1937年/英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

諜報活動をこなし、終戦後は英国連邦省の公務員に。その傍らで、フィアットのアップデートにも注力した。1949年の英国グッドウッド・メンバーズ・ミーティングでは総合優勝。1952年のボアハム100マイルレースでも、クラス優勝を掴んでいる。

年金受給の年齢でもレースへ参戦

当時のAUTOCARは「戦前のモデルと見た目は変わらないものの、ボンネットのエアインテークは新しい」。と、508S スパイダー・コルサの記事を組んでいる。最高速度は131km/hで、ラム効果までは得られなくても、多少は吸気効率が改善したのだろう。

その紙面では、グッドウッド・サーキットを平均110.5km/hで周回したとも紹介している。限られた馬力を考えると、かなり意欲的な走りだったといっていい。実際、彼の運転は大胆だった。

フィアット508S バリラ・スパイダー・コルサ(1933〜1937年/英国仕様)
フィアット508S バリラ・スパイダー・コルサ(1933〜1937年/英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

年齢を重ねても、メトカーフはローラMk1やクーパーF3など、レーシングカーを改造して参戦。1970年代に年金を受給し始めるが、ロータス23を走らせ複数のイベントで勝利を重ねた。1988年に亡くなるが、明るく謙虚な人物だったという。

この続きは、フィアット508S バリラ・スパイダー「コルサ」(2)にて。

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・ヘーゼルタイン

    Richard Heseltine

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

フィアット508S バリラ・スパイダー「コルサ」の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事