フィアット508S バリラ・スパイダー「コルサ」(1) ギア社ボディでクラス圧倒の実力
公開 : 2025.09.20 17:45
大戦中はスパイとして活躍したメトカーフ
メトカーフは1907年生まれ。1929年にモーガンJAPでレースデビューし、ホルストマン、フレイザー・ナッシュとマシンを乗り換えた。そんな彼の相棒で、最も有名なのがブルックランズでも勇姿を披露した、ブラックの508S スパイダー・コルサだろう。
望まれぬ第二次大戦が始まると、彼はポルトガル・リスボンでスパイとして働き始める。ドイツ人の上官たちは、メトカーフはナチス政権のために活動していると信じた。ところが実際は、英国の情報機関、MI5へ情報を流していた。

諜報活動をこなし、終戦後は英国連邦省の公務員に。その傍らで、フィアットのアップデートにも注力した。1949年の英国グッドウッド・メンバーズ・ミーティングでは総合優勝。1952年のボアハム100マイルレースでも、クラス優勝を掴んでいる。
年金受給の年齢でもレースへ参戦
当時のAUTOCARは「戦前のモデルと見た目は変わらないものの、ボンネットのエアインテークは新しい」。と、508S スパイダー・コルサの記事を組んでいる。最高速度は131km/hで、ラム効果までは得られなくても、多少は吸気効率が改善したのだろう。
その紙面では、グッドウッド・サーキットを平均110.5km/hで周回したとも紹介している。限られた馬力を考えると、かなり意欲的な走りだったといっていい。実際、彼の運転は大胆だった。

年齢を重ねても、メトカーフはローラMk1やクーパーF3など、レーシングカーを改造して参戦。1970年代に年金を受給し始めるが、ロータス23を走らせ複数のイベントで勝利を重ねた。1988年に亡くなるが、明るく謙虚な人物だったという。
この続きは、フィアット508S バリラ・スパイダー「コルサ」(2)にて。































































































































































