解体間近の希少なクラシックカー 40選(後編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2025.09.21 11:25

ウィリス・オーバーランド・ジープスター

ウィリス・オーバーランド社のジープスターは、3年間(1948年~1950年)でわずか1万9132台しか生産されず、現在では極めて稀少だ。これまでわたし達取材班が米国各地のジャンクヤードで確認できたのは6台のみだが、そのうち4台が、このA-1オートサルベージにあった。ジープスターは、乗用車市場への進出を試みたモデルだった。

ウィリス・オーバーランド・ジープスター
ウィリス・オーバーランド・ジープスター

クリッパー・カスタム(1956年)

ジャンクヤードでこのクルマを見つけるには、相当長い時間を要するだろう。こちらはクリッパーで、1956年のみ、パッカードではなく独立したブランドとして販売された。安価なエントリーモデルで、パッカードの高級なブランドイメージを損なうのを防ぐための方策だった。

しかし同年末、パッカードのデトロイト工場の閉鎖に伴い生産は打ち切られた。1958年にはメーカー自体が消滅し、59年に及ぶ自動車生産の歴史に幕を閉じた。この4ドアのカスタムモデルは、わずか8708台しか生産されなかった希少車だ。

クリッパー・カスタム(1956年)
クリッパー・カスタム(1956年)

シボレー・トラック(1940年代)

米国では自動車解体業者が驚異的なペースで廃業しているため、A-1オートサルベージが営業を終了したこともわたし達にとってさほど驚きではなかった。今回は事業オーナーが土地を別の用途に転用したが、廃業の一般的な理由には、金属スクラップの高騰、都市の拡大(ジャンクヤードの隣に住むことを好まない住民の増加)、そして環境保護圧力の増大などが挙げられる。

環境問題の件について言えば、わたし達はジャンクヤードを訪れるたび、廃車の周囲で動植物が豊かに生息しているのを目にしてきた。この木を見てほしい。シボレーのトラックの腐ったフロアを貫通し、ハンドルに巻きつき、フロントガラスを押し開いたのだ。このトラックは1941年から1946年まで生産されていた。

シボレー・トラック(1940年代)
シボレー・トラック(1940年代)

リンカーン・コンチネンタル(1964年)

4代目リンカーン・コンチネンタルには「半ドア」警告灯が装備されていた。これは後部座席の乗員が、逆方向に開くドア(観音開き)から車外に放り出されるのを防ぐための安全対策だ。この凸型の電気シェーバー風フロントグリルを備えたコンチネンタルは1964年製で、同年には3万6000台が販売された。

リンカーン・コンチネンタル(1964年)
リンカーン・コンチネンタル(1964年)

カイザー・スペシャル(1951年)

カイザー・フレイザー社は1945年、ヘンリー・J・カイザー・カンパニーとグラハム・ペイジ・モーターズの合弁会社として設立された。当初こそ販売は好調だったが、ビッグスリーに対抗するだけの資金力に欠けていた。フレイザーブランドは1951年に生産終了したが、カイザーブランドはさらに4年間生産が続けられた。

生産期間が比較的短かったことを考えると、ジャンクヤードで見かけるのは非常に珍しいことだ。実際、A-1オートサルベージには3台も保管されていた。この1台は1951年製のスペシャルと思われる。1951年はカイザーにとって史上最も成功した年だった。

カイザー・スペシャル(1951年)
カイザー・スペシャル(1951年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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