部品を外され、哀愁漂うアイダホのクラシックな廃車 40選(前編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2025.11.09 11:25

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、冬になると寒さが厳しいアイダホ州を訪れ、1940年代から2000年代の幅広い乗用車・商用車を撮影してきました。

半世紀以上前の乗用車やトラックがずらりと並ぶ

1972年に米国アイダホ州マウンテンホームで創業した『ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブ(Jim’s Vintage Automotive)』は、ジムとエディー・ハインズ夫妻が経営している。

「ここを単なる廃車置き場やジャンクヤード、サルベージヤードと見る人もいますが、わたし達は『歴史的アイテムの収集家』と自負しています。この品々は再び輝き、オーナーに笑顔をもたらす日を待っているのです」とジム氏は説明する。

アイダホ州の巨大ジャンクヤードで見つけたお宝のような廃車を40台紹介する。
アイダホ州の巨大ジャンクヤードで見つけたお宝のような廃車を40台紹介する。

コロナ禍直前に訪れた筆者は、約1000台もの希少パーツカーやレストア候補車両が並ぶ驚異的なヤードを散策し、楽しい午後を過ごした。古いものは約80年前の製造だが、大半は1950~60年代の乗用車やトラックだ。特に注目すべきは、ナッシュ車、とりわけメトロポリタンが多いことである。

キャデラック(1948年)

アイダホ州マウンテンホームの町は、オーバーランド・ステージ・ライン社の郵便局が置かれたのが始まりで、19世紀末に鉄道が敷設されて発展した。現在では1万2千人以上が住む都市となり、今も成長を続けている。

幸い、ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブは市街地から十分に離れているため、都市の拡大に飲み込まれることはなかった。他の多くの廃車置き場が閉鎖に追い込まれたのは、まさにこの都市拡大が原因だ。筆者が見つけた車両の大半は、この1948年式キャデラックのように部品取り用だった。

キャデラック(1948年)
キャデラック(1948年)

リンカーン・タウンカー(1978年)

アイダホ州南部の気候は鋼板に優しい。そのため40エーカーの敷地には錆びていないクルマが数多く点在していた。この1978年式リンカーン・コンチネンタル・タウンカーはプロジェクトカーと呼ばれるレストア向けの車両で、錆はほとんど見られなかった。

悪名高い5マイルバンパーを含めると全長は5.9mに達する。フォードが生産したクルマの中でも最長クラスの1台だ。

リンカーン・タウンカー(1978年)
リンカーン・タウンカー(1978年)

ナッシュ・メトロポリタン

ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブを後にした時、筆者はナッシュ・メトロポリタンの絵柄がプリントされた野球帽をかぶっていた。ここは英国製のメトロポリタンと切っても切れない関係にあるからだ。訪問中、さまざまなコンディションの同車を複数台確認できた。

ナッシュ・メトロポリタン
ナッシュ・メトロポリタン

クロスリー(1948年)

ナッシュ・メトロポリタンと同様、小型のクロスリーも驚くほど高い現存率を誇る。おそらく、物珍しさが理由だろう。多くは派手な色に塗り替えられ、廃車置き場の外の台座に高く掲げられ、通り過ぎるドライバーへの広告として生涯を終えている。しかしこの1台は、そのような最期を遂げることなく、ある程度の尊厳を持って引退を許されていた。

クロスリーはオハイオ州シンシナティに本拠を置き、1939年から1952年にかけてマイクロカーを合計2万3489台販売した。このステーションワゴンは1948年製と思われる。

クロスリー(1948年)
クロスリー(1948年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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