部品を外され、哀愁漂うアイダホのクラシックな廃車 40選(前編) ジャンクヤード探訪記
公開 : 2025.11.09 11:25
米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、冬になると寒さが厳しいアイダホ州を訪れ、1940年代から2000年代の幅広い乗用車・商用車を撮影してきました。
もくじ
ー半世紀以上前の乗用車やトラックがずらりと並ぶ
ーキャデラック(1948年)
ーリンカーン・タウンカー(1978年)
ーナッシュ・メトロポリタン
ークロスリー(1948年)
ーフォード・ファルコン(1959年)
ーリンカーン・コンチネンタル(1972年)
ーオールズモビル・ナインティエイト・リムジン(1961年)
ークライスラー・ウィンザー(1960年)
ーナッシュ・ステーツマン(1952年)
ービュイック(1941年)
ーリンカーン・コンチネンタル(1968年)
ーダッジ・ダート(1968年)
ーキャデラック・クーペ・ドゥビル(1970年)
ーオールズモビル・ナインティエイト(1970年)
ーFWD SU-COE(1944年)
ーテムズ・フレイター800
ーナッシュ・アンバサダー・スーパー(1956年)
ービュイック・リビエラ(1972年)
ーポンティアック・スターチーフ(1963年)
半世紀以上前の乗用車やトラックがずらりと並ぶ
1972年に米国アイダホ州マウンテンホームで創業した『ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブ(Jim’s Vintage Automotive)』は、ジムとエディー・ハインズ夫妻が経営している。
「ここを単なる廃車置き場やジャンクヤード、サルベージヤードと見る人もいますが、わたし達は『歴史的アイテムの収集家』と自負しています。この品々は再び輝き、オーナーに笑顔をもたらす日を待っているのです」とジム氏は説明する。

コロナ禍直前に訪れた筆者は、約1000台もの希少パーツカーやレストア候補車両が並ぶ驚異的なヤードを散策し、楽しい午後を過ごした。古いものは約80年前の製造だが、大半は1950~60年代の乗用車やトラックだ。特に注目すべきは、ナッシュ車、とりわけメトロポリタンが多いことである。
キャデラック(1948年)
アイダホ州マウンテンホームの町は、オーバーランド・ステージ・ライン社の郵便局が置かれたのが始まりで、19世紀末に鉄道が敷設されて発展した。現在では1万2千人以上が住む都市となり、今も成長を続けている。
幸い、ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブは市街地から十分に離れているため、都市の拡大に飲み込まれることはなかった。他の多くの廃車置き場が閉鎖に追い込まれたのは、まさにこの都市拡大が原因だ。筆者が見つけた車両の大半は、この1948年式キャデラックのように部品取り用だった。

リンカーン・タウンカー(1978年)
アイダホ州南部の気候は鋼板に優しい。そのため40エーカーの敷地には錆びていないクルマが数多く点在していた。この1978年式リンカーン・コンチネンタル・タウンカーはプロジェクトカーと呼ばれるレストア向けの車両で、錆はほとんど見られなかった。
悪名高い5マイルバンパーを含めると全長は5.9mに達する。フォードが生産したクルマの中でも最長クラスの1台だ。

ナッシュ・メトロポリタン
ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブを後にした時、筆者はナッシュ・メトロポリタンの絵柄がプリントされた野球帽をかぶっていた。ここは英国製のメトロポリタンと切っても切れない関係にあるからだ。訪問中、さまざまなコンディションの同車を複数台確認できた。

クロスリー(1948年)
ナッシュ・メトロポリタンと同様、小型のクロスリーも驚くほど高い現存率を誇る。おそらく、物珍しさが理由だろう。多くは派手な色に塗り替えられ、廃車置き場の外の台座に高く掲げられ、通り過ぎるドライバーへの広告として生涯を終えている。しかしこの1台は、そのような最期を遂げることなく、ある程度の尊厳を持って引退を許されていた。
クロスリーはオハイオ州シンシナティに本拠を置き、1939年から1952年にかけてマイクロカーを合計2万3489台販売した。このステーションワゴンは1948年製と思われる。
































