1万台の廃車から見つけた貴重なクラシックカー 39選(前編) 世界の愛好家も注目 ジャンクヤード探訪記

公開 : 2026.02.15 11:05

リンカーン・プレミア(1957年)

1956年から1960年まで生産されたリンカーン・プレミアは、カプリの上位モデルでありラグジュアリーの象徴であった。特徴的な縦型ヘッドライトを備えたこの1957年式の2ドア・ハードトップは1万5000台以上が販売された人気の仕様で、今日では保存状態の良い個体は高額で取引される。こちらの個体は完璧とは程遠いが、貴重なスペアパーツの宝庫となっている。

リンカーン・プレミア(1957年)
リンカーン・プレミア(1957年)

フォード・カスタム(1971年)

このカスタム500が出荷された1971年当時、フォードは米国市場をリードしていた。年間販売台数は200万台を超え、ライバルのシボレーを20万台近くも上回った。しかし、その支配は翌年に終わりを告げ、フォードが再びトップの座に返り咲くのは1988年まで待たねばならなかった。

フォード・カスタム(1971年)
フォード・カスタム(1971年)

ランブラー・スーパーアメリカン(1959年)

米国のジャンクヤードでいまだにランブラー・スーパーアメリカンに遭遇することには驚かされる。しかも大抵この色だ。とはいえ、こちらの1959年式2ドア仕様ほど状態の良い個体は珍しい。ボディは極めて良好で、そもそもなぜここに運び込まれたのか理解に苦しむ。

1958年から1969年にかけて生産されたランブラー・アメリカンは、当時米国で最も手頃な価格のクルマとして知られ、急成長していた「セカンドカー」市場で人気を博した。

ランブラー・スーパーアメリカン(1959年)
ランブラー・スーパーアメリカン(1959年)

フォード・ピント(1974年)

米国のジャンクヤードでデロリアンを見つけることは滅多にない。実際、筆者は見たことがない。ここに写っているのは、1974年式のフォード・ピントを使って映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイムマシンを作ろうとした、誰かの見当違いの試みだ。

……中古の次元転移装置を探している人がいたら、ターナーズ・オート・レッキングに行くといいだろう。

フォード・ピント(1974年)
フォード・ピント(1974年)

マーキュリー・ミティア(1963年)

このジャンクヤードにあるクルマの多くは、すでに多くの部品を引き取られている。とはいえ、この衝突事故で損傷した1963年式のマーキュリー・ミティアは、ここへ運ばれてきた当初からあまり見栄えの良い状態ではなかっただろう。

1961年から1963年に生産されたミティア(流星の意)は、ベーストリムのフルサイズセダンだった。小型のコメット(彗星)と同様、米国市民が宇宙開発競争に熱狂していた時代を感じさせるネーミングである。

マーキュリー・ミティア(1963年)
マーキュリー・ミティア(1963年)

MG MGB

このMG MGBは、サイドマーカーライトやゴム製バンパーの追加によって外観が台無しになる前の、黄金時代に販売されたものだ。MGBは1962年から1980年にかけて生産され、スタイリッシュで手頃な価格、そしてシンプルな設計が評価され、世界で最も売れているスポーツカーとなった。実際、この栄えあるタイトルは数十年にわたって保持され、最終的にはマツダ・ミアータ(日本名:ロードスター)にその座を譲った。

MG MGB
MG MGB

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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