ランクル、ビートル、ミニなど、愛情を注がれ文化的アイコンへ飛躍 カルト的人気を誇る世界の名車 26選(前編)
公開 : 2026.02.18 17:25
トラバント601(1963年)
ベルリンの壁崩壊後、トラバントはドイツの物置小屋に追いやられた。東ドイツの人々は、フォルクスワーゲンのゴルフやポロなど、はるかに近代的なクルマを自由に手に入れられるようになったのだ。西ドイツ人は、特殊なデュロプラスト製ボディの2ドア車にまったく興味を示さなかった。当然、トラバントの価値は急落した。
今日、ベルリン市民は東ドイツの「国民車」というトラバントのイメージを積極的に活用している。複数の企業が観光客向けにレンタルを行い、トラバント専用の博物館も存在する。2ストローク2気筒エンジンを改造したビールタップ(ビールサーバー)すら見かけるほどだ。

フォード・マスタング(1964年)
1964年4月に発表されたマスタングが、これほどの大ヒットを飛ばすことになるとは誰にも予想できなかった。フォードは発売初年度に約10万台の販売を見込んでいたが、発表当日に2万2000台を売り上げ、わずか3か月で10万台の大台を突破した。1966年には年間販売台数がピークの60万7000台に達した。マスタングはまたたくまにスター的存在となり、今もクラシックカーとしての名声を享受している。

シボレー・カマロ(1967年)
爆発的人気を博したフォード・マスタングに対抗して、シボレーが投入したカマロは、すぐに独自の支持層を築き上げた。カマロは発売初年度に22万台を売り上げるなど驚異的な人気を誇ったが、それでもマスタングの販売台数と比べると見劣りしてしまう。
1970年代後半、米国の排ガス規制がカマロの販売に致命的な打撃を与えた。しかし、この車名は脈々と受け継がれ、2010年の復活も後押しとなって、クラシックなマッスルカーブームの波に乗ることができた。

ボルボ200シリーズ(1974年)
ボルボ200シリーズの評判は国によって大きく異なる。本国スウェーデンでは当然ながらノスタルジーの対象だ。イタリアやスペインといった南欧諸国では、クレイモデル(粘土)ではなくレゴブロックでデザインしたような、ほとんど無名のセダンに過ぎないことが多い。
米国北西部では、熱い視線を注がれている。今も毎日、シアトルやポートランドを何百台もの200シリーズが走り回っている。普段はクルマにほとんど関心のない人々でさえ、古いボルボを走らせ続けるために並々ならぬ努力をしているのだ。

(翻訳者注:この記事は「後編」へ続きます。)
画像 今も連綿と続くアメリカン・スポーツカー【シボレー・コルベットC1とフォード・マスタングMk1を詳しく見る】 全44枚














































