トヨタ2000GTを中心に、AE86トレノ、A80スープラなどを展示! スポーツカー始まりのモデルも #オートモビルカウンシル2026

公開 : 2026.04.11 17:25

4月10~12日に幕張メッセで開催中の『オートモビルカウンシル2026』。トヨタのブースには、『トヨタ・スポーツカーの歩み』をコンセプトとして6台が展示。『始まりのモデル』とされる貴重な復刻モデルも登場しました。

トヨタスポーツカーの歩みを時系列で展示

4月10~12日に幕張メッセで開催中の『オートモビルカウンシル2026』。2016年から始まったオートモビルカウンシルに毎回出展しているトヨタは、もちろん今回も登場している。

2018年からはトヨタ博物館を中心とした展示を開始。さらに昨年からはヘリテージ活動を『トヨタ・クラシック』とし、クルマ文化に触れる場作りやヘリテージカーの保存継承、ヘリテージパーツの開発販売、レストアを通した人材育成、そして技術の継承など、クルマ文化を知ってもらうことを目指した活動を紹介している。

2016年の初回から出展しているトヨタは、もちろん今回も登場している。
2016年の初回から出展しているトヨタは、もちろん今回も登場している。    山田真人

今年のオートモビルカウンシルにおいてトヨタは、トヨタ博物館とグローバル生産推進センターによる『トヨタ・ブース』と『ガズー・レーシング・ブース』を出展。ただし、展示は一体となっているので、ひとつの大きなブースに見える。

『トヨタ・スポーツカーの歩み』をコンセプトに展示車両もスポーツカーを時系列で並べているので、さらにそう感じさせるのだろう。

後世にクルマ文化を伝える

トヨタ・ブースの展示車両は6台。古い順に紹介していこう。

まず、1962年の第9回全日本自動車ショー(東京モーターショー、ジャパンモビリティショーの前身)に出展されたプロトタイプ『トヨタ・パブリカスポーツ』。トヨタのスポーツカーの始まりというべきモデルだ。当時の開発主査で、カローラの生みの親でもある長谷川龍雄氏が航空機の技術を織り込んだものだ。

『日本の名車』で真っ先に車名が挙がる2000GT。こちらは1969年の後期型。
『日本の名車』で真っ先に車名が挙がる2000GT。こちらは1969年の後期型。    山田真人

残念ながら実車は後に破棄されてしまったのだが、『後世にクルマ文化を伝えるシンボル』として、2007年から5年間かけて作られたレプリカが今回展示された。空力の良さそうなボディスタイルやスライド開閉するキャノピーを採用したキャビンなど、いかにも航空機からの技術であることがうなずける。

パブリカスポーツを元に市販化されたスポーツ800

その隣が、パブリカスポーツを元に1965年に市販化された『トヨタ・スポーツ800』。展示車は、グローバル生産推進センターが各現場から人を集めて、人材育成のためにレストアしたクルマだ。レストアを通して『もっと良いクルマづくり』に繋げることを目指した。実車はエンジンルーム内までビカビカで、まさに新車以上と言いたい仕上がりだった。

さらにその隣にあるのは、1966年に速度記録チャレンジを行い、3つの世界記録と13の国際記録を樹立し、翌1967年に発売された『トヨタ 2000GT』。展示車は1969年の後期型となる。

このクルマに関しては多くの説明は不要だろう。今もなお、『日本の名車』といえば真っ先に車名が挙がるクルマであり、中古車市場では1億円以上のプライスが付けられているものも多い。

記事に関わった人々

  • 執筆

    篠原政明

    Masaaki Shinohara

    1958年生まれ。某自動車雑誌出版社をめでたく? 卒業し、フリーランスのライター&エディターに。この業界に永くいるおかげで、現在は消滅したものを含めて、日本に導入されている全ブランドのクルマに乗ってきた……はず。クルマ以外の乗りものもけっこう好きで、飛行機や鉄道、さらには軍事モノにも興味があるらしい。RJC会員。
  • 撮影

    山田真人

    Makoto Yamada

    1973年生まれ。アウトドア雑誌編集部からフリーランスカメラマンに転身。小学5年生の時に鉄道写真を撮りに初めての一人旅に出たのがきっかけで、今だにさすらいの旅をするように。無人島から海外リゾート、子どもからメガヨットと幅広い撮影ジャンルを持つ。好きな被写体は動くものと夕陽。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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